50代の再婚、「幸せになる相手」はスペックで決まらない ― 統計と年金分割から考える

50代の再婚、「幸せになる相手」はスペックで決まらない

統計と年金分割から、お金の物差しを問い直す

50代の再婚、「幸せになる相手」はスペックで決まらない

再婚の相手を探すとき、私たちは結局のところ何を見ているのだろう。年収か、貯金の額か、持ち家があるかどうか。あるいは勤め先の名前や、退職金の見込みか。五十代に入ってからの結婚となると、若いころの「好きだから」だけでは押し切れない分、こうした条件――いわゆるスペック――を物差しにして相手を値踏みする発想が、どうしても顔を出す。お金の不安が現実だからだ。それ自体は責められない。ただ、その物差しが本当に「幸せになれるかどうか」を測れているのかと問われると、私は正直、自信がない。むしろ、お金の制度を一つひとつ確かめていくほど、スペックという物差しは肝心なところで空回りする、という感触のほうが強くなる。

1. 相手を年収と資産で値踏みする、その物差しはどこから来たのか

相手を年収と資産で値踏みする、その物差しはどこから来たのか

人を条件で測る癖は、たぶん再婚に限った話ではない。初婚のときも、私たちは多かれ少なかれ相手の「条件」を見ている。ただ五十代の再婚では、その癖が露骨になりやすい。残りの人生がうっすら見えてきて、しかも一度は結婚で躓いた経験がある。だから次は失敗したくない、という気持ちが、相手を数値に還元する方向へ働く。年収いくら、貯蓄いくら、年金はどれくらい出るのか。さながら物件情報の内見だ。

脱線を一つ許してほしい。この「条件で測る」発想の厄介なところは、測りやすいものばかりが目に入る点にある。年収は数字で出る。資産も口座を見れば分かる。だが、いざ一緒に暮らして効いてくるのは、たいてい数字にならないものだ。金銭感覚が合うか。揉めたときに黙るのか、話すのか。親の介護や自分の病気のとき、隣にいてくれるのか。これらはスペック表に載らない。載らないから、つい軽く見る。そして数字にできるものへ判断を寄せていく。私がこの癖を疑い始めたのは、お金まわりの制度を実際に調べ直したからだ。年金事務所の資料を取り寄せて計算してみると、「相手のスペック」を当てにする発想は、制度の上では思ったほど通用しないと分かってきた。順に見ていく。

2. 再婚は珍しくない結婚する人のおよそ六人に一人

再婚は珍しくない ― 結婚する人のおよそ六人に一人

まず押さえておきたいのは、五十代の再婚が特別な話ではない、という事実だ。厚生労働省の令和六年(二〇二四年)の人口動態統計によれば、その年の婚姻はおよそ四十八万五千組。そのうち、結婚した夫の約一七・九パーセント、妻の約一五・六パーセントが再婚だった(厚生労働省「令和六年人口動態統計(確定数)の概況」)。ざっくり言えば、結婚する人の六人に一人前後が、初めての結婚ではない。

この数字を見て、私は少し肩の力が抜けた。再婚を「やり直し」とか「訳あり」とか、後ろ向きの言葉で語る空気はまだ残っているが、件数の上ではありふれた選択だ。夫・妻とも前年より割合がわずかに下がったとはいえ、長い目で見れば、再婚は静かに普通のことになってきている。ただし、ありふれているということと、うまくいくということは別だ。そして、ここからが本題になる。再婚を「条件のいい相手と組み直すこと」と捉えていると、お金の制度の現実とずれていく。特に年金は、再婚という出来事に対して、多くの人が思っているのとは逆の動き方をする。

3. 年金分割で分けられるのは、終わった結婚の記録だけだ

年金分割で分けられるのは、終わった結婚の記録だけだ

離婚のときによく話題になる「年金分割」を、再婚と絡めて誤解している人が少なくない。新しい相手と再婚すれば、その人の年金の一部を自分も受け取れる――もしそう思っているなら、制度の向きが逆だ。年金分割は、離婚するときの制度である。婚姻期間中に厚生年金に入っていた記録(正確には標準報酬の記録)を、別れる相手と分け合う仕組みで、二つの型がある。一つは合意分割。二〇〇七年四月以降の離婚に使え、夫婦の合意か裁判所の決定で按分の割合を決める。その割合の上限は二分の一だ。もう一つは三号分割で、二〇〇八年四月以降、会社員などに扶養されていた第三号被保険者だった期間について、相手の同意なしに記録を二分の一ずつ分けられる(日本年金機構「離婚時の厚生年金の分割(合意分割制度)」「離婚時の年金分割(3号分割制度)」)。どちらも分けられるのは厚生年金の報酬比例部分だけで、基礎年金は対象にならない。

ここで効いてくるのが、請求の期限だ。原則は離婚などの翌日から五年以内。ただし二〇二六年四月一日より前に離婚した場合は、従来どおり二年以内になる(日本年金機構、二〇二六年六月確認)。しかもこの期限は「いつまでに合意すればよいか」ではなく、「いつまでに年金事務所で手続きを済ませるか」の期限だ。離婚のときに公正証書で割合を決めていても、期限内に窓口で請求し終えなければ、その権利は消える。私はこの期限を二年だと記憶していた。つい先ごろ五年へ延びたばかりの数字だ。制度はこうして静かに変わる。自分の事情に当てはめるなら、必ず年金事務所で最新を確かめてほしい。

そして肝心な点。分割で動かせるのは、あくまで終わった結婚の記録だ。再婚しても、新しい配偶者の現役時代の厚生年金が自分のものになるわけではない。逆に、過去の離婚で自分に移ってきた記録は、その後に再婚しようと元へ戻ることはない。つまり年金分割の損得は、相手の「スペック」ではなく、自分が過去にどんな婚姻期間を持っていたか、期限内に手続きをしたか、という自分側の足元で決まる。相手の年収をいくら眺めていても、ここはびくともしない。

4. 死別で得た遺族厚生年金は、再婚すると消える

死別で得た遺族厚生年金は、再婚すると消える

もう一つ、再婚で動くお金がある。こちらは増える話ではなく、消える話だ。配偶者を亡くして遺族年金を受け取っている人が再婚すると、その受給権はなくなる。遺族基礎年金も遺族厚生年金も同じで、入籍した場合だけでなく、事実婚――社会通念上は夫婦と見なされる関係――に入った場合も失権する。権利を失えば届け出が要る。遺族厚生年金なら十日以内、遺族基礎年金なら十四日以内に「遺族年金失権届」を出さなければならない(日本年金機構「遺族年金を受けている方が結婚や養子縁組などをしたとき」)。届け出を怠って受け取り続ければ、あとから不正受給として返還を求められることもある。黙ってやり過ごせる類いの話ではない。

これは軽い話ではない。遺族厚生年金は、要件を満たせば原則として生涯にわたって受け取れる給付だ。それが再婚という一点で、丸ごと消える。ただし、亡くなった人の子で受給の要件を満たす者がいる場合は、その権利が子へ移ることがある(同上)。いずれにせよ、新しい相手がどれほど高いスペックの持ち主でも、消えた給付を直接埋め合わせてはくれない。ここで見るべきは相手の条件ではなく、自分が今どんな年金を受け取っていて、再婚で何を手放すことになるのか、という自分側の計算だ。言い換えれば、再婚で本当に効くお金の判断は、相手の年収や資産より先に、自分の年金の足元にある。遺族年金を受けている人にとっては、それを失う重さと、再婚で得られるものを天秤にかける作業のほうが、相手のスペックを比べることよりずっと大きい。スペック表の上位だけを見ていると、この足元の数字を丸ごと取りこぼす。

ここまで来て、最初の問いに戻る。再婚相手を選ぶとき、人は何を見ているのか。年収や資産という測りやすい数字に目が行くのは自然だが、お金の制度をたどっていくと、その数字は肝心なところで自分を守ってくれない。年金分割は相手のスペックではなく自分の過去で決まり、遺族年金は相手の条件と関係なく自分の足元で消える。お金の側から見ても、相手を値踏みする物差しは、思ったほど当てにならないのだ。

では、何が幸せを決めるのか。そこは、正直に言って、私には分からない。統計も制度も、そこまでは教えてくれない。金銭感覚が合うこと、揉めたときに逃げないこと――数字にならないものが効くのだろうとは思うが、それが「幸せ」を保証するとまで、手元のどの資料からも言い切れはしない。確かなのは、スペックという物差し一本で測ろうとすると、測れるものだけを見て、測れない大事なものを見落とす、ということくらいだ。なお、ここで挙げた割合や期限は二〇二六年六月時点で確認したもので、年金の改正は静かに続いている。自分の年金分割や遺族年金がどう動くかは一人ひとり事情が違うから、再婚を具体的に考える段になったら、相手の条件表を眺める前に、まず年金事務所や社会保険労務士に自分の足元を一度確かめてほしい。少なくともそこは、数字で確かめられる。

コメント

このブログの人気の投稿

取り崩す口座の順番は、翌年の保険料と窓口負担を動かす

40代からの新NISA、若い世代とは「戦い方」が違う

退職金2,000万円、振込日からの三か月 ― 銀行員の親切の正体を、数字と書類で確かめた