退職金2,000万円、振込日からの三か月 ― 銀行員の親切の正体を、数字と書類で確かめた
退職金2,000万円、振込日からの三か月 ― 銀行員の親切の正体を、数字と書類で確かめた
退職金がまとまって口座に入ると、その銀行から「退職者専用」と刷られた定期預金や運用プランの案内が届きます。紙面でいちばん大きな活字は、たいてい「年1.0%」といった金利です。この数字そのものは、嘘ではありません。問題が顔を出すのは、その金利が効いている期間と、同じ案内の隅にそっと並ぶ投資信託の手数料を、一枚の表に書き出して並べたときです。「親切」だと思っていたものの輪郭が、すこし違って見えてきます。
この記事で材料にしたのは、各行が自社サイトで公開している商品説明と、厚生労働省の統計だけ。数字は一つずつ電卓で検算し、出どころはそのつど本文に記しました。先に結論を言ってしまえば、預ける前に確かめるのは二つだけで足ります――その金利が効いている「期間」と、同じ案内に並ぶ投資信託の「手数料」。なお、本文に挙げた金利・手数料などの条件は、いずれも2026年6月時点で各社の公開資料を確認したものです。
1. まず土台 ― 大卒・勤続35年の平均退職給付は2,037万円
厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、大学卒で勤続35年以上の定年退職者が受け取る退職給付額は、一人あたり平均で2,037万円でした。前回調査の2,173万円から、136万円下がっています。退職給付制度を設けている企業の割合そのものも、5年前の80.5%から74.9%へと減りました(いずれも同調査)。
つまり2,000万円とは、特別に恵まれた人の金額ではなく、平均のすぐ上に置ける、ごく現実的な水準だということです。この記事では、その2,000万円が振り込まれた前提で計算を進めます。窓口で示される提案の多くも、だいたいこの規模の資金を思い描いて組み立てられているからです。
2. 「年1.0%」の有効期間は、たいてい当初の三か月だけ
退職金が入る頃合いに届く専用定期には、年率の脇に小さな但し書きが添えられています。たとえば三井住友信託銀行の退職金特別プラン(定期預金コース)は、優遇金利が適用されるのは当初の預入期間である3か月のみで、自動継続したあとは継続時点の店頭表示金利になる、とはっきり書いています(同行「退職金 定期預金コース」の説明。金利の適用期間は2026年4月1日〜9月30日)。京葉銀行の退職金専用定期は、3か月もので年1.0%、6か月もので年0.8%(京葉銀行「退職金専用定期預金」。受取後2年以内であることが条件)。広島銀行は、預入期間が3か月か1年のどちらかです(広島銀行「退職金専用定期預金」)。
どの行の案内を並べても、目を引く高い金利は、短い期間でぱたりと切れます。金利は各行が随時見直すので、ここに挙げたのは確認した時点での表示だ、という点も添えておきます。
3. 2,000万円を三か月、年1.0%で預けて手取りは約3万9,800円
では、2,000万円を年1.0%・3か月で預けると、実際にいくら増えるのでしょうか。年1.0%を3か月ぶんに直すと0.25%ですから、2,000万円×0.25%で、税引き前は5万円。ここから利息にかかる20.315%(所得税・復興特別所得税・住民税の合計)を引くと、手取りはおよそ3万9,800円になります。
三か月でおよそ4万円。普通預金に置いたままなら利息は数十円の世界ですから、差が小さくないのは確かです。ただ、ほんとうの論点は金額の大小ではありません。この約4万円が、何かを買ってもらうための「入り口の景品」として置かれている――その置かれ方のほうにあります。
4. 上乗せ金利の多くは、投資信託の同時購入が条件になっている
その高い金利には、たいてい条件が付いています。退職金専用定期の多くは、定期だけで預けるよりも、投資信託とセットで申し込むコースのほうに、大きな上乗せ幅を用意しているのです。中央労働金庫の退職金定期預金は、投資信託とのセット契約で金利が上乗せになると説明しています(中央ろうきん「退職金定期預金」)。横浜銀行の退職金専用特別金利定期預金プランには、投資信託やファンドラップを合算240万円以上、同じ日に申し込んだうえで1か月以内に定期を預け入れると適用できるコースがあります(横浜銀行「退職金専用特別金利定期預金プラン」)。三十三銀行の退職金専用定期は、満期が来たあとに投資信託や外貨定期を購入すると「セットプラン(退職金運用)」が使える構成です(三十三銀行「退職金専用定期」)。
要するに高い金利は、投資信託を一定額買うことの見返りとして配られている場合が、少なくありません。
5. 申込額の最大3.3% ― 購入時手数料は三か月の利息を初日に超える
では、その投資信託のコストはいくらかかるのでしょうか。購入時手数料は、対面の証券会社や銀行の場合、申込金額に対して最大3.3%(税込)というのが一般的な上限です(大和証券「投資信託の手数料」)。仮に、セット条件を満たすために1,000万円を購入時手数料3.3%のファンドで買ったとすると、入り口で差し引かれる手数料は33万円。これだけで、定期で得られる約4万円の8倍を超えてしまいます。
さらに、保有しているあいだは信託報酬もかかり続けます。インデックス型なら年0.1%前後まで下がっている一方、対面で勧められやすいアクティブ型は年0.5〜2.0%程度です(マネイロ「信託報酬の目安」。京葉銀行は年0.1〜2.5%の範囲と説明)。もし信託報酬が年1.5%なら、1,000万円に対して年15万円が、基準価額が一円も動かなくても毎年引かれていきます。換金するときに信託財産留保額(基準価額の0.1〜0.3%程度)がかかる商品もあります。「年1.0%」という見出しのすぐ隣で静かに進んでいるのは、じつはこちらの桁の数字なのです。
6. 同じ投資信託でも、入り口0%・保有年0.1%という買い方がある
念のため書いておくと、これは詐欺でも違法でもありません。手数料はすべて交付目論見書と契約書面に記載されていますし、担当者も説明義務の範囲できちんと説明しています。投資信託そのものを否定したいわけでもありません。ただ、同じ「投資信託を買う」という行為でも、入り口の選び方は分かれます。ネット証券には購入時手数料が無料のノーロード型がずらりと並び、その多くはインデックス型で、信託報酬も年0.1%前後です(みずほ証券「投資信託にかかる手数料」)。
入り口で3.3%を払う買い方と0%で買う買い方、毎年1.5%を払い続ける持ち方と0.1%で済む持ち方とでは、十年という単位で眺めたとき、手元に残る額が大きく変わってきます。退職金専用定期の高い金利は、このうち前者を選ばせるための動機として置かれている――そう読むこともできます。
7. 投資信託を買わずに定期だけ組めるかは、銀行で分かれる
それなら、投資信託を買わずに、定期だけで組むことはできるのでしょうか。これは、銀行によって扱いが分かれます。横浜銀行のように、退職金で作れるシンプルな定期単独のコースを別に用意している銀行もあります(横浜銀行、同プラン)。その一方で、定期だけの退職金専用コースを置かず、投資信託などのセット購入を前提にしたプランしか用意していない銀行もあります。
自分がどちらに当たるかは、その場の商品ラインナップ次第です。ここは推測で埋めず、窓口で「投資信託を買わずに、この金利の定期だけ作れますか」と一言たずねて確かめるのが、いちばん確実です。
8. 急ぐ理由があるのは銀行の側で、預ける側ではない
親切が本物かどうかを問うのは、たぶん筋がよくありません。3か月で約4万円の利息は、銀行の側から見れば、2,000万円規模の資金を呼び込み、手数料を伴う投資信託を買ってもらうための販促費にあたります。担当者個人の善意とはまったく別のところで、商品の設計がそう組まれている。だから問うべきは、その親切の対価として自分が何を払うことになるのか――突き詰めれば、その一点だけです。
やることは単純です。その場ではサインせず、「源泉徴収票と一緒に検討します」と言って案内を持ち帰る。そして、3か月という期間と、隣に並ぶ投資信託の購入時手数料・信託報酬を、同じ一枚の表に書き出してみる。それだけで、「年1.0%」がいったい何の対価なのかが、輪郭をもって見えてきます。退職金は、人生で一度きりの規模で動くお金です。その三か月を急ぐ理由は、少なくとも預ける側には、見当たりません。
窓口に行く前に、持ち帰って確かめる三つのこと
案内をその場で決めず、次の三点だけ自分の手で照合すれば、「年1.0%」が何の対価なのかは十分に見えてきます。
① 優遇金利が「何か月」つづくのか。多くは当初の3か月だけで、その後は店頭表示金利に戻ります。
② その金利に、投資信託やファンドラップなどの「セット購入条件」が付いていないか。上乗せ分は、買ってもらうための見返りである場合があります。
③ セットで勧められた投資信託の購入時手数料(対面で最大3.3%)と信託報酬(年0.1〜2.5%程度)。この二つを、定期で得られる利息と同じ表に並べて比べる。
※本記事は、公開されている各社の商品説明および公的統計をもとにした情報提供であり、特定の金融商品の購入・解約・運用を勧誘・推奨するものではありません。金利・手数料などの条件は各社が随時見直しており、本文中の数値はいずれも確認時点のものです。実際の取引にあたっては、最新の交付目論見書・商品説明書をご確認のうえ、ご自身の判断と責任で行ってください。
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