50代から老後資金を準備するなら、若い世代の「積立の常識」は一度脇に置く ― iDeCoは60歳で受け取れるとは限らない

50代から老後資金を準備するなら

若い世代の「積立の常識」は一度脇に置く

50代から老後資金を準備するなら

「長期・積立・分散なら、元本割れの心配はいらない」。投資を始めるときに、何度も聞く言い回しです。その根拠としてよく引かれるのが、金融庁の資料に載っている一枚のグラフです。けれど、その資料を最後まで読むと、安心の条件が「20年」という時間にかかっていることがわかります。

残り時間が20年に満たない世代にとって、この前提は静かに崩れます。20代と同じ常識のまま50代で積立を進めると、増やす段階ではなく、受け取る段階でつまずきます。順に資料を突き合わせていきます。

1. 20年で収束する」は、残り時間が20年に満たない世代の話ではない

「20年で収束する」は、残り時間が20年に満たない世代の話ではない

金融庁のNISAガイドブックには、1989年以降のデータをもとに、国内外の株式・債券へ毎月同じ額を積み立てた場合の収益率が示されています。保有期間が5年だと、100万円は5年後に74万円から176万円の幅に散らばります。投資を始めた時期によっては元本割れになる、ということです。一方、保有期間が20年だと、100万円は186万円から331万円になり、年率にして2%から8%に収まります。少なくとも1989年以降のデータでは、元本割れはありませんでした。

保有期間

100万円がとる幅(金融庁データ・1989年以降)

5

74万円〜176万円(始めた時期によっては元本割れの年がある)

20

186万円〜331万円(年率28%に収束、過去データでは元本割れなし)

(出典:金融庁「はじめてみよう!NISA早わかりガイドブック」、長期・積立・分散投資の収益率データ。1989年以降、毎月同額を国内外の株式・債券に積み立てて保有した場合の試算。20266月時点で確認)

この「20年で収束する」が、長期積立の安心の中身です。安心しているのは、20年という時間そのものだと言い換えてもいい。問題は、50歳から始めてその20年を満額確保できる人が、それほど多くないことです。65歳前後で取り崩しを始めれば、確保できるのは15年。途中で下落相場に入ったまま20年に届かないこともあります。同じグラフを見ても、20代と50代では読み方を変えなければなりません。

2. ドルコスト平均法が効くのは「積み続けられる」あいだだけ

ドルコスト平均法が効くのは「積み続けられる」あいだだけ

毎月同じ額を買い続けると、価格が高いときは少なく、安いときは多く買えます。平均の購入単価がならされる。これがドルコスト平均法の理屈です。理屈そのものは正しい。ただ、効果が出るには前提があります。積立を続けられること。そして、安く買った分を高く売れるまで持ち続けられることです。

50代は、この前提が崩れやすい世代です。収入のピークを過ぎ、教育費や住宅ローンの残りと重なる年代でもあります。積立額を下げる、あるいは止める判断を迫られることがあります。

さらに大きいのは、退職を境に立場が入れ替わることです。積み立てる側から、取り崩す側に回る。買い増して単価をならす局面は終わり、決まった額を売って暮らす局面に入ります。もし取り崩しを始めた直後に下落相場が来れば、安く売った分を取り返す時間が残っていません。これは、これから20年積み立てられる世代が直面しない問題です。同じ商品を同じ理屈で買っていても、残り時間の長さが結果を分けます。

同じ平均利回りでも、値下がりが早い時期に来るか遅い時期に来るかで、手元に残る額は変わります。積立期は安く買えるので下落がむしろ味方になりますが、取り崩し期は逆で、最初の数年の下落がいちばん効きます。だからこそ50代は、相場の中身を当てにいくより、取り崩しを始める年齢と、そのときに現金で持っておく割合を先に決めておくほうが現実的です。当てられない値動きに賭けるのではなく、当てなくても回る設計を組む、という発想の切り替えです。

3. iDeCo60歳で受け取れるのか――通算加入10年と「5年ルール」

iDeCoは60歳で受け取れるのか――通算加入10年と「5年ルール」

50代の老後資金でよく名前が挙がるのがiDeCoです。掛金が全額所得控除になり、運用益も非課税。節税の面では強い制度です。ただ、受け取りの入り口に条件があります。

iDeCoの受給は、原則として60歳から75歳の間で選びます。ただし60歳から受け取るには、通算加入者等期間が10年以上必要です。50歳で加入すると、60歳の時点では10年に届きません。その分、受給を始められる年齢が繰り下がります。加えて、60歳以上で初めてiDeCoに加入した場合は「5年ルール」が働き、通算加入者等期間にかかわらず、加入から5年を経過するまでは受け取れません。たとえば62歳で初めて加入すると、受給開始は67歳からになります。「節税になるから」と50代後半や60代で始めると、お金を引き出せる時期が、思っていたより遅くなることがあります(iDeCo公式サイトで20266月時点で確認)。

なお、加入できる年齢の上限は現在65歳未満ですが、2025年に成立した年金制度改正法で70歳未満へ広げる方向が決まっています。掛金の上限引き上げとあわせて202612月の施行とする解説が多いものの、細目はなお動きうるので、始める前に厚生労働省の最新の案内で確認してください。

4. 退職金とiDeCoの受取が近いと、控除が目減りする――2026年からの「10年ルール」

退職金とiDeCoの受取が近いと、控除が目減りする

受け取れる時期だけでなく、受け取り方にも50代特有の落とし穴があります。退職金とiDeCoの一時金が、近い時期に重なる場合です。

退職金には退職所得控除があります。国税庁の計算式では、勤続20年以下なら40万円×勤続年数、20年を超えると800万円+70万円×(勤続年数−20)。控除を引いた残りの半分だけが課税対象になる、税の軽い受け取り方です。iDeCoを一時金で受け取るときも、この退職所得控除を使います。両方を近い時期に受け取ると、控除の枠が重なって調整される。これが落とし穴です。

令和7年度の税制改正で、この調整が厳しくなりました。iDeCoの一時金を先に受け取り、あとから退職金を受け取る場合、これまでは「前年以前4年以内」に重なりがあれば調整対象でした。それが「前年以前9年以内」に広がります。いわゆる5年ルールが10年ルールになった、ということです。20261月以後に受け取る退職金から適用されます。逆に退職金を先に受け取る場合は「19年ルール」という別の期間で見ます。どちらの順番で受け取るかによって、空けるべき年数が変わります。

影響の大きさは、勤続年数やiDeCoの加入年数、受取額によって変わります。条件しだいでは税負担が数十万円増える例も、民間の試算では示されています。ただ、増えるとも増えないとも、自分の数字で計算しないと言えません。ひとつ逃げ道を挙げれば、iDeCoを一時金ではなく年金の形で受け取ると、退職所得ではなく雑所得になり、公的年金等控除の対象になります。退職金との重なりそのものを避ける選択肢です。

5. 50代の積立は、増やす局面から「下ろし方を決める」局面へ

50代の積立は、増やす局面から「下ろし方を決める」局面へ

ここまでの話は、若い世代の積立の常識を否定するものではありません。20年という時間がある人にとって、長期・積立・分散は理にかなっています。ただ、その常識は「時間がある」ことを前提に組み立てられている。50代は、その前提が薄くなっていく最初の世代です。

だから、増やす技術と同じ重さで、下ろす技術を考える必要があります。いつから取り崩すのか。退職金とiDeCoを、どの順番で、一時金と年金のどちらで受け取るのか。これらは積立を始める段階で見当をつけておくことで、60歳になってから慌てて決めることではありません。なお、ここに記した金額・年数・施行時期は20266月時点で公的資料に当たって確認したものですが、税制も年金制度も毎年のように改正されます。最後は自分の勤続年数と受給の見込みに即して、国税庁・税務署や日本年金機構・年金事務所、必要なら税理士の確認を重ねて決めてください。本稿は特定の商品や受け取り方を勧めるものではありません。

そのうえで、ひとつ問いを置いておきます。あなたが次に積み立てるそのお金は、20年動かさずに置いておけるお金でしょうか。それとも、60代のどこかで下ろすことになるお金でしょうか。積立の常識を一度脇に置く、というのは、たぶんこの問いから始まります。

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