退職金の相談を銀行窓口だけで完結させない ― その場で渡される書面の、読む順番

退職金の相談を銀行窓口だけで完結させない退職金の相談を銀行窓口だけで完結させない

その場で渡される書面の、読む順番

「この書面は、金融商品取引法第37条の3の規定によりお渡しするものです。」

退職金の相談が投資信託の話に及ぶと、この一文が刷られた紙が束に混ざります。名前は「目論見書補完書面」。常陽銀行や福島銀行、SBI証券がウェブで公開している同名の書面には、表題のすぐ下にこの断り書きが入っています。薄い紙です。ふつう、読まれません。

その紙の中身が、2025121日から変わりました。金融庁が令和7311日に公布した「金融商品取引業等に関する内閣府令」等の改正が、同年121日から施行・適用されたためです(金融庁「『金融商品取引業等に関する内閣府令』等の改正(案)に対するパブリックコメントの結果等について」令和7311日)。金融庁は自庁の「顧客本位の業務運営について」のページで、この改正を「利益相反の可能性の情報提供のルール化」と呼んでいます。増えたのは、銀行の取り分と、営業職員の評価にかかわる欄でした。窓口で「持ち帰ります」と言うために、どこを見ればいいのか。順に追います。

1. その一枚は法定の情報提供そのもので、20254月から紙が既定ではなくなった

その一枚は法定の情報提供そのもので、2025年4月から紙が既定ではなくなった

銀行で投資信託を買うとき、あなたが受け取るのは交付目論見書と、この補完書面です。まず押さえてほしいのは、この紙が参考資料ではないということ。目論見書と補完書面の交付は、金商法37条の31項が求める契約締結前の情報提供、その方法そのものとして位置づけられています(金融商品取引業等に関する内閣府令7911号ロ、同条63号)。tsumiki証券が公開している補完書面は、冒頭でこの二つの条番号をそのまま引いています。付録ではありません。目論見書だけでは欠ける部分を埋める、法定の情報提供の本体側です。

ただし、その紙が紙で来るとは限らなくなりました。20231129日公布の金融商品取引法等の一部を改正する法律のうち、契約締結前の情報の提供等に関する部分が、202541日から施行されています。書面交付が原則で、デジタルは顧客の承諾があれば例外——という建て付けは、そこで終わりました。改正を担当した金融庁の職員自身が、業界誌でこう解説しています。デジタル手段を使うのに顧客の承諾を得ることは不要になった。代わりに、承諾を取らないなら、書面交付を請求できる旨を顧客に告知しなければならない。そして請求されたら、書面で交付しなければならない(福岡大河ほか「金融商品取引業等に関する内閣府令の改正の解説」商事法務2400号、202595日。条文は金商業等府令791項柱書かっこ書・同条2項)。

つまり、あなたが窓口で「紙でください」と言うのは、お願いではありません。府令に根拠のある請求です。タブレットの画面を横からスクロールされて、読み切れないまま説明が先へ進んでいくなら、そこで止めていい。

もうひとつ、紙の上でしか見えないことがあります。窓口に座っている銀行は、投信を扱う場面では「登録金融機関」として金融商品取引法の規制を受ける立場になる。常陽銀行が公開する補完書面には、商号のあとに「登録金融機関 関東財務局長(登金)第45号」と刷ってあります。福島銀行なら東北財務局長(登金)第18号。金融庁が公表している登録金融機関の一覧(令和8531日現在)を開いてみると、銀行も信用金庫も信用組合も労働金庫も農協も同じ表に並んでいて、総数は892機関ありました。預金の相談に来たつもりの相手は、この一枚の上では証券の販売業者です。

2. 202512月から、銀行は「利益が相反するおそれ」を自分の名前で書いている

2025年12月から、銀行は「利益が相反するおそれ」を自分の名前で書いている

改正で何が加わったのか。金商業等府令831項に10号が新設され、投資信託受益証券の売買その他の取引については、契約締結前交付書面に次を書くことになりました。イとして、その銀行が受領する信託報酬の額か上限額か計算方法(率を乗じる方式なら、その割合を含む)、その信託報酬を対価とする役務の内容、そして、それを受け取ることにより顧客との利益が相反するおそれがある旨。ロとして、投信の発行者とその銀行のあいだに資本関係または人的関係がある場合は、その旨と、それにより利益が相反するおそれがある旨と、その理由。ハがもう一つあるのですが、これは節を改めます。

信託報酬の内訳そのものは、以前から交付目論見書の費用欄に載っていることが多い。改正が変えたのは数字の有無ではありません。その受け取りが「あなたの利益と反するおそれ」を持つ、と銀行自身の名前で書かせた点です。

文面を見たほうが早いでしょう。常陽銀行の補完書面(2026715日現在)には「当行とお客さまとの利益が相反するおそれ」という見出しが立っていて、当行はこのファンドを販売することにより目論見書記載の販売会社が配分を受ける信託報酬を受領するため、利益が相反するおそれがある、と一文で書かれています。同じ書面に、申込手数料は購入時の基準価額に対して最大3.3%(税込)、運用管理費用(信託報酬)は純資産総額に対して最大年率2.395%(税込)とも刷ってある。

そのうしろには、ファンドごとの申込手数料率の一覧が六ページ続きます。たとえば「フィデリティ・日本成長株・ファンド」。3千万円未満なら3.30%3千万円以上5千万円未満で2.20%5千万円以上1億円未満で1.10%1億円以上は無料。同じ銀行の、同じファンドです。違うのは金額だけ。さらに欄外に、インターネット投信で株式投資信託を買った場合は店頭の規定料率より20%割引、と小さく書いてある。書面に載っている計算式に自分で当てはめてみました。料率3.30%のファンドを100万円、金額指定で買うと、申込手数料は31,945円(書面の計算例と同じ数字になります)。同じものをネットで買えば料率は2.64%になり、約25,721円。差は6,200円あまり。座って説明を受けたぶんの値段だ、と読むこともできます。

3. 業績評価の一文は、書いてある書面と書いていない書面がある

業績評価の一文は、書いてある書面と書いていない書面がある

後回しにしたハです。10号のハは、その銀行の部署や役員・使用人の業務の実績に関する評価について、投資信託の売買を行った場合に特別の評価を行うこととしているときは、その旨と、それにより利益が相反するおそれがある旨と、その理由を書け、と定めています。条文の要は「行うこととしているときは」の一句にあります。特別の評価をしていない会社には、書く義務がない。

裏返せば、この一文が刷ってある書面は、その会社が「うちは特別の評価をしています」と自分の名前で名乗った書面です。そして刷っていない書面は、していないという意味になる——していれば書かなければならないのですから。読む側の実務は単純で、ハの一文があるかどうかを見ればいい。

もっとも、書き方には幅があります。SBI証券が公開している補完書面(202511月現在)は、書く義務のないほうに倒れているにもかかわらず、役職員や特定の部署の業績評価上、当ファンドの販売が他の商品の販売より高く評価されることはない、とわざわざ書き足しています。常陽銀行の補完書面に、その行はありません。無いことの意味を書面だけから断定はできません。だから聞くのです。「ハの欄はどうなっていますか」とは言いにくいでしょうから、「この投信を売ると、担当の方の評価は上がりますか」でいい。

対象は投信だけではありません。同じ改正で、特定仕組債については理論価格を書くことになり、その理論価格と実際の取得価額に差があるときは、利益が相反するおそれがある旨とその理由まで書くことになりました(8319号)。投資一任契約の締結の代理・媒介——退職金の相談で出てくるファンドラップがこれです——については、顧客以外の者から受け取る金銭の額や割合とその対価となる役務を、あらかじめ説明しないまま行うことが、禁止行為に加えられました(117152号)。

4. 「定期だけ組めますか」の答えは、重要情報シートの欄に先に書いてある

「定期だけ組めますか」の答えは、重要情報シートの欄に先に書いてある

法定書面ではないけれど、求める価値のある紙がもう一枚あります。重要情報シートです。金融庁は2021512日に「『重要情報シート』を作成・活用する際の手引き」を公表しました。「顧客本位の業務運営に関する原則」の原則5【重要な情報の分かりやすい提供】(注4)への対応として、原則を採択した金融事業者に活用が期待されているもので、金融事業者編と個別商品編の二種類があります。原則そのものは20173月の策定から、20211月、2024926日と二度改訂されていますが、重要情報シートへの期待は、金融庁の「顧客本位の業務運営について」のページに今も置かれたままです。

見る欄は二つです。個別商品編の1.には「パッケージ化の有無」という欄がある。手引きは、有りの場合には、何を組み合わせたものかの概要と、個別購入ができるか否か、個別購入できる商品があればその名称等を記載することが考えられる、という作成の目線を示しています。退職金の専用定期と投信を組み合わせたプランを勧められているなら、あなたが口に出すより先に、この欄が答えているかもしれない。

もう一つは5.の「当社の利益とお客様の利益が反する可能性」。手引きによれば、ここに書くのは、顧客が負担する費用のうち当社に支払われる手数料・報酬等の額または割合とその対価とするサービスの内容、組成会社や販売委託元との関係、そして他の商品と比較して当該商品を販売した場合の営業職員の業績評価上の取扱いです。12月からの内閣府令が法定書面に入れたものと、ほぼ同じ地図が引かれている。手引きの公表から施行まで四年七か月。期待が義務になるのに、それだけかかりました。

ただし重要情報シートは義務ではありません。原則を採択した事業者に活用が期待されている、という位置づけにとどまります。窓口に無いこともある。そのときは「重要情報シートはありますか」と聞いてください。無い、という答えも情報のうちです。苦情の持って行き先が要るなら、補完書面の後半を見てください。常陽銀行のそれには、一般社団法人全国銀行協会相談室と、特定非営利活動法人 証券・金融商品あっせん相談センターの二つが、金融ADR制度の案内として電話番号つきで刷ってあります。

窓口でその日のうちに答えを出す必要はありません。書面は請求できます。刷ってある率と、その対価とされている役務の名前を読んで、それをその値段で買いたいかどうかを決める。順番はそれだけです。ここに挙げた率や条番号は本稿を書くにあたって確認した時点のもので、各社の商品内容も法令の運用も変わり得ますし、これは特定の商品を勧めるものでも、やめておけと言うものでもありません。最後に効くのは、あなたの手元に届いた書面のほうです。

ひとつだけ問いを置いて終わります。その薄い一枚は、あなたの引き出しのどこかに、もうあるのではないでしょうか。


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