退職金2000万円、取り返しのつく判断とつかない判断
退職金2000万円、取り返しのつく判断とつかない判断
受け取り方で変わる税金と、口座に入った直後にできること
勤続38年で定年を迎える人の退職所得控除額は、2,060万円になる。800万円に、20年を超えた18年分を70万円ずつ足した1,260万円を加えた額だ。試しに国税庁のタックスアンサーNo.1420を開き、自分の勤続年数をそのまま式に入れてみると、控除額はあっけないほど簡単に出る。
この2,060万円という数字が意味するのは、退職金が2,000万円なら、一時金として受け取るかぎり税金は一円もかからない、ということだ。ただし勤続35年だと控除額は1,850万円まで下がり、同じ2,000万円でも150万円分に課税される。退職金にまつわる判断には、こうした「一日の違い」「一枚の書類」「受け取る順番」で結果が変わり、しかも後からは戻せないものがいくつかある。急ぐ前に、順に確かめておきたい。
まず、自分の退職所得控除額を一度だけ手で出してみる
退職所得控除は、勤続20年までが1年あたり40万円、20年を超えた分が1年あたり70万円で積み上がる。20年を超える人は「800万円+70万円×(勤続年数−20年)」で計算する。国税庁No.1420の計算例でも、勤続30年なら1,500万円と示されている。表計算に自分の年数を打ち込めば、電卓を叩くより早く、自分専用の非課税ラインが見える。
勤続年数は1年未満を切り上げる。30年2か月なら31年として計算する。ここに落とし穴がある。退職日が数日ずれて年数の区切りをまたぐと、控除額が70万円変わることがある。退職日を自分で選べる立場なら、この一点だけは人事に先に確認しておきたい。
退職金が控除額に収まっていれば非課税。超えた分は、その半分だけが課税対象になる(一般の退職手当の場合)。課税されるのは「(退職金−控除額)×2分の1」で、しかも給与や年金とは切り離して計算する分離課税だ。この2分の1と分離課税が、退職所得は税制上とりわけ優遇されていると言われる理由になっている。
「退職所得の受給に関する申告書」を出し忘れると、額面の20.42%が先に引かれる
この優遇をそのまま受けるには、退職金が支払われる前に「退職所得の受給に関する申告書」を勤務先へ出しておく必要がある。出していれば、会社が控除と2分の1を織り込んで源泉徴収してくれるので、原則として確定申告はいらない。
出し忘れるとどうなるか。国税庁No.1420によれば、退職所得控除も2分の1も適用されないまま、支払額の20.42%が一律で源泉徴収される。2,000万円なら約408万円が先に差し引かれる計算だ。
これは取り返しがつく。自分で確定申告をすれば、払いすぎた分は戻ってくる。ただし、戻るまでには申告と還付の手間と時間がかかる。退職の書類は分厚い束で渡される。その中にこの一枚が紛れていないか、私なら真っ先に探す。先に一枚出しておくだけで避けられる回り道だからだ。
一時金か年金か、そしてiDeCoとの順番 ― 2026年から調整期間が10年に延びた
退職金を一時金でまとめて受け取るか、年金形式で分割して受け取るかは、多くの勤務先で選べる。一時金なら退職所得控除が使える。年金で受け取ると、その分は公的年金等控除の対象になり、公的年金と合算した雑所得として毎年課税されていく。どちらが有利かは、公的年金の額や他の収入によって変わる。そしてここは、一度決めると原則やり直せない。
もう一つ、順番の問題がある。iDeCoや企業型の確定拠出年金を一時金で受け取る人は、その受け取りと会社の退職金との間隔で、退職所得控除を二重に使えるかどうかが変わる。従来は「先にiDeCoを受け取り、5年空けてから退職金」であれば、それぞれで控除を使えた。いわゆる5年ルールだ。
令和7年度税制改正で、この調整期間が延びた。財務省「令和7年度税制改正の大綱」に沿った各金融機関の解説によれば、2026年1月からは、先にiDeCoを一時金で受け取り、退職金までの間隔が10年以内だと、退職金側の控除が調整(減額)される。条件によっては税負担が数十万円単位で増えることもある。受け取る順番とタイミングは、退職の何年も前から考えておかないと選べない判断になった、ということだ。
振り込み直後に届く「退職金プラン」は、多くが二つの手数料を抱えている
退職金が口座に入ると、取引のある金融機関から連絡が来ることがある。定番は、退職金限定の特別金利定期預金、ファンドラップ、外貨建て一時払い保険の三つだ。
特別金利の定期預金は、多くが投資信託やファンドラップとの同時申し込みを条件にしている。高い金利は数か月で終わり、抱き合わせた運用商品の手数料が後に残る。
ファンドラップは、運用を金融機関に一任する契約だ。中に組み入れる投資信託の信託報酬に、一任の報酬が上乗せされる二重構造になる。金融庁は「リスク性金融商品の販売会社等による顧客本位の業務運営に関するモニタリング結果」で、ファンドラップにはコストに見合うリターンを上げていないものも多いと指摘している。
外貨建て一時払い保険については、金融庁が2023事務年度のモニタリング結果(2024年4月公表の中間報告)で、長期運用を前提とする商品なのに、主要な生保8社のデータで6割超が4年以内に解約・運用終了していた実態を挙げている。目標値に達すると解約させ、同種の商品を売り直す「乗り換え販売」も横行し、契約初年度の販売手数料は投資信託より高い水準(概ね4〜7%程度)で、手数料が二重に発生する点も問題視された。
これらが一律に悪いわけではない。ただ、退職金が入った直後の、判断材料をまだ持たない時期に、勧められるまま決める商品ではない。
大きな一度きりの判断ほど、最初の数か月は動かさない
ここまでを頭の中で一枚のチェックリストにすると、こうなる。自分の勤続年数から控除額を出したか。申告書は出したか。一時金か年金か、iDeCoとの順番も含めて決めたか。振り込み直後の勧誘に、その場で応じていないか。具体的な税額は勤続年数や他の所得で変わるので、自分のケースは税務署や自治体の窓口、税理士に確かめてほしい。
このうち、税や受け取り方の判断は退職前にしか選べない。一方、振り込まれた後の運用は、急ぐ必要がまったくない。むしろ急いだ判断ほど戻せなくなる。
だから、次の一手はひとつでいい。振り込まれた退職金は、最初の数か月、普通預金か個人向け国債あたりに置いたまま動かさない。判断材料がそろい、勧誘の熱が冷めてから考える。2,000万円という額は、数か月寝かせても減らない。減るのは、慌てて動かしたときだけだ。
免責事項
本記事は、国税庁・財務省・金融庁などの公表資料に基づく一般的な情報と、筆者個人の考えをまとめたものであり、個別の税務相談や、特定の金融商品の購入・売却の勧誘ではありません。退職所得控除額や実際の税額は、勤続年数・受け取り方・他の所得・iDeCoの加入状況などによって一人ひとり異なります。手続きや金額の最終的な確認は、勤務先の担当部署、所轄の税務署、自治体の窓口、または税理士など有資格の専門家に必ずご相談ください。記載の制度・数値は本記事作成時点(2026年)で確認できたものです。
参考資料
・国税庁 タックスアンサー No.1420「退職金を受け取ったとき(退職所得)」
・財務省「令和7年度税制改正の大綱」(退職所得控除の調整期間の見直し/2026年1月適用)
・金融庁「リスク性金融商品の販売会社等による顧客本位の業務運営に関するモニタリング結果」中間報告(2024年4月)・報告(2024年7月)
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