専業主婦の年金は「払わずにもらえる」のか ― 第3号被保険者という立場を点検する
専業主婦の年金は「払わずにもらえる」のか
― 第3号被保険者という立場を点検する
「専業主婦は保険料を払わずに年金をもらえる」。年金の話題になると、この一文がほとんど合言葉のように繰り返されます。結論から言えば、本人が国民年金保険料を納めていないのは事実です。けれども「払わずにもらえる」という言い方には、その保険料を誰も払っていないかのような余韻が残ります。実際には、その費用を負担している人たちがはっきり存在します。しかもこの立場は、2025年に成立した法改正で輪郭が変わりはじめています。第3号被保険者とは何で、何でないのか。条文と公表数字、そして電卓で確かめられる範囲を、一つずつ点検していきます。
1. 本人が納めないのは事実だが、その保険料は消えていない
国民年金の加入者は三つに分かれます。自営業者や学生などが第1号、会社員や公務員が第2号、その第2号に扶養される配偶者が第3号です。第1号は自分で保険料を納め、第2号は厚生年金保険料の中に含めて納めています。第3号だけが、自分で保険料を納める必要がありません。日本年金機構「国民年金第3号被保険者の保険料について」は、これを第2号が加入する被用者年金制度全体で負担しているためと説明し、根拠を国民年金法第94条の2・第94条の3・第94条の6に置いています。
ここで取り違えたくないのは、納付義務がないことと、その保険料が存在しないことは別だ、という点です。第3号でいた期間は保険料納付済期間として扱われ、将来の老齢基礎年金にそのまま反映されます。本人の財布から出ていないだけで、勘定そのものは制度のどこかに必ず立っている。「払っていない」のは本人の話であって、制度全体の話ではありません。
2. 第1号が40年で納める約860万円、第3号は0円 ― 同じ満額をめぐる落差を電卓で確かめる
落差を数字に置き換えると、輪郭がはっきりします。令和8年度の国民年金保険料は月額17,920円です(日本年金機構「国民年金の保険料はいくらですか」令和8年度)。仮にこの水準が動かないものとして、20歳から60歳までの480か月を単純に掛けると、17,920円×480=8,601,600円。第1号被保険者は、おおよそこの規模の保険料を自分で納めて、老齢基礎年金の満額にたどり着きます。第3号被保険者は、同じ満額に、本人負担0円で届きます。
ただしこの約860万円は、令和8年度の保険料を40年そのまま当てはめた仮の計算です。実際の保険料は毎年度改定され、令和9年度はすでに月額18,290円が決まっています(日本年金機構「国民年金保険料」令和9年度)。だからこれは歴史上の正確な総額ではなく、いまの水準で落差の大きさを掴むための目安だと割り引いて読んでください。それでも残るのは、第3号が本人負担なしで受け取る満額の費用が、どこかで誰かによって埋められている、という事実のほうです。
3. 第3号が受け取れるのは老齢基礎年金だけ、令和8年度の満額は月70,608円
第3号被保険者が将来受け取れるのは、基本的に老齢基礎年金だけです。厚生年金に加入していないため、第2号のような報酬比例の老齢厚生年金は上乗せされません(自分が会社員として働いた第2号期間があれば、その分は別に付きます)。
その老齢基礎年金の満額は、令和8年4月分から、昭和31年4月2日以降生まれの新規裁定者で月額70,608円、年額にして約847,300円です(昭和31年4月1日以前生まれの既裁定者は月額70,408円)。令和7年度から1.9%の増額改定で、月額1,300円増えました(厚生労働省「令和8年度の年金額改定について」令和8年1月23日公表、日本年金機構「令和8年4月分からの年金額等について」)。この1.9%は、物価変動率3.2%が名目手取り賃金変動率2.1%を上回ったため賃金側を基準に改定し、そこへマクロ経済スライドの調整を効かせた結果です。年金額は毎年度この仕組みで動くので、847,300円もあくまで令和8年度の数字だという前提で読む必要があります。
4. 単身の会社員も負担している ― 基礎年金拠出金の按分という仕組み
では、第3号の老齢基礎年金は誰が払っているのか。原資は、被用者年金制度が拠出する「基礎年金拠出金」です。各制度の拠出額は、その制度が抱える第2号被保険者と、第2号に扶養される第3号被保険者の頭数に応じて決まり、第3号自身は拠出に加わりません(国民年金法第94条の2・第94条の3ほか)。第2節で見た「落差」が、ここでは「誰の負担か」という別の問いに変わります。
この按分を言い換えると、配偶者を扶養していない単身の会社員も、共働きで夫婦とも第2号の世帯も、自分の世帯に第3号が一人もいなくても、制度全体としては第3号分を含む基礎年金拠出金を負担している、という整理になります。社会保障審議会年金部会では、この構造が世帯類型による不公平として繰り返し論点になってきました。ここは立場が割れるところで、「専業主婦優遇」と一言で片づく話でも、逆に「不公平だ」と断じて終わる話でもありません。確かなのは、第3号が本人は払わない立場であると同時に、その分を制度全体に支えられている立場でもある、という二面性です。
5. 641万人まで減った第3号、ピークは平成7年度の1220万人
第3号は減り続けています。厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」(令和7年12月公表)によれば、第3号被保険者数は令和6年度末で約641万人、前年度末から45万人(6.5%)減りました。前年の令和5年度末は686万人でしたから、わずか1年で大きく細っています。
長い目盛りで見ると、下がり方はもっと急です。社会保障審議会年金部会の資料(令和4年3月)は、第3号が平成7年度の1220.1万人をピークに減り続けてきたと整理しています。30年でほぼ半分まで減った計算です。共働きの増加、世帯構造の変化、そして後で触れる「壁」をめぐる制度改正が、この曲線を押し下げてきました。制度は廃止という劇的な形ではなく、入口が静かに狭まる形で縮んでいます。
6. 130万円の壁と106万円の壁は別物 ― 2025年改正で動いたのは後者
混同されやすい二つの「壁」を、まず分けておきます。130万円の壁は、第3号でいられる収入の上限です。年収130万円(60歳以上や障害者は180万円)以上になると配偶者の被扶養から外れ、自分で第1号になるか、勤務先の社会保険(第2号)に入ることになります。106万円の壁は、短時間労働者が勤務先で厚生年金・健康保険に加入する賃金要件(月額8.8万円、年収換算で約106万円)のことです。守備範囲がまるで違います。
2025年6月13日に成立した年金制度改正法で動いたのは、後者の106万円側です。賃金要件(月8.8万円)は撤廃が決まり、企業規模要件(被保険者51人以上)も2027年10月以降に段階的に撤廃される方向です。一方で、週20時間以上という労働時間の要件は残ります(厚生労働省「社会保険の適用拡大」関連資料)。施行の正確な時期は政令に委ねられており、公布から3年以内・2026年10月が広く見込まれていますが、最終的な日付は告示を待つのが正確です。厚生労働省は、この見直しで新たに約200万人が厚生年金の加入対象になると見込んでいます。
つまり、これまで「106万円を超えないように」と時間を抑えてきた働き方は、近いうちに前提が変わります。賃金要件がなくなれば、週20時間以上働く人は収入の多寡にかかわらず第2号になり、第3号からは外れていく。自分の老齢厚生年金が積み上がる代わりに、本人負担の保険料は発生します。どちらが得かは年齢や働ける年数で変わるため、一律には言えません。
7. 廃止は見送られた、ただし壁の側から細っていく
第3号制度そのものの廃止は、2025年の改正では見送られました。社会保障審議会年金部会では将来的な縮小の方向が共有されつつ、第3号には短時間労働で働く人、出産・育児で離職した人、配偶者が高所得で働く必要性の低い人などが混在していて一様ではない、という整理もされています(厚生労働省年金局「第3号被保険者制度について」令和4年3月)。制度上は男女を問わない仕組みでありながら、実際の利用者は女性が大半で、就業調整がキャリア形成や男女の賃金差と結びつけて論じられてきました。
廃止という正面からの決着ではなく、壁の撤廃を通じて入口が狭まり、人数が細っていく。いま起きているのは、そういう静かな移行です。これを優遇の縮小と見るか、働き方の多様さを受け止めてきた経過的な仕組みのたたみ方と見るかは、立場によって割れます。ここで結論を一つに丸めることはしません。代わりに確かめておけるのは、自分と配偶者がいまどの号に属しているか、これからの壁の移動でその区分がどう変わりうるか、という自分の側の事実のほうです。
自分の被保険者の種別やこれからの見込み額は、毎年届く「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」で確認でき、個別の手続きや記録の照会は年金事務所や「ねんきんダイヤル」(0570-05-1165、日本年金機構)で問い合わせられます。本稿の金額や人数は令和8年度時点のもので、106万円の壁の撤廃も施行日は政令待ちの段階です。働き方を変えるかどうかを決める前には、最新の告示と自分の記録を一度突き合わせておくと、この議論は他人事ではなくなります。
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