「インフレに強い」と言われる資産は、私たちの家計でも本当に強いのか
「インフレに強い」と言われる資産は、家計の口座でも本当に強いのか
金・不動産・外貨・株式・物価連動国債を、市場の話ではなく一世帯の手取りで確かめる
「インフレには金を持て」。「現金より不動産」。「ドルを持っておけば安心」。物価が上がり始めると、決まってこの三つが出てくる。どれも「インフレに強い資産」として語られる。
ただ、その「強い」は誰にとっての強さなのか。市場全体のチャートが描く強さと、税と手数料と売るタイミングを背負った一世帯の口座での強さは、同じ言葉でも中身が違う。五つの資産について、市場の語り口を一度脱ぎ、家計の手取りに引き直して一次資料に当たってみた。価格と税率と制度は、2026年6月時点で確認したものだ。
1. 金は二・七倍になった。ただし途中で半値近く沈んでいる
金は長い目で見れば上がってきた。ドル建てで、2001年の280ドル台から2011年に1,900ドル台へ、約二・七倍になった(OANDA証券「金価格の今後の予想」)。だが、その上がり方は滄らかではない。2011年の高値から2015年にかけて、ドル建てで約47%下げている(同)。半値近い下落だ。近年も同じだ。金は2023年後半以降しばしば史上最高値を更新したが、2026年3月にはFOMCの見通しを受けて大きく下落した(同)。「長期で上がる」と「どの年に売れるか」は、別の話だ。
日本の家計には、もう一段やっかいな点がある。円建ての金価格には「金の値動き」と「円安」が混ざっている。ドル建てと円建てを並べて引き算してみると、ドル建てで47%下げた局面でも円建てが大きく崩れなかったのは、円安に支えられたからだとわかる。「金がインフレに強い」のか「円安に強い」のか、円建てのチャートだけを眺めても切り分けられない。
税も効く。金地金の売却益は原則として譲渡所得で、給与などと合算する総合課税だ。保有5年超なら課税対象は半分になり、他の譲渡所得と合わせて年50万円の特別控除がある(国税庁「No.3161 金地金の譲渡による所得」)。ただし純金積立など金投資口座の利益は、金融類似商品として一律20.315%の源泉分離課税になる(同)。同じ「金」でも持ち方で税が変わる。1回200万円を超える売却では、業者が支払調書を税務署に出す(田中貴金属工業)。しかも金は、保有している間は利息も配当も生まない。値上がり益だけが頼りで、その頼みの綱が半値近く況む年がある。
2. 不動産は物価で上がるはずが、三年続けてマイナスだった
不動産は「物価が上がれば賃料も上がる」と言われる。だが、個人が手軽に買えるJ-REIT(上場不動産投資信託)の直近の数字は、その通説と逆の動きをした。
東証REIT指数は2022年初頭から、日米の長期金利上昇に伴って軟調に推移した(野村証券)。トータルリターンは2022年から2024年まで各年ともマイナス、三年連続だった(公益財団法人資本市場研究会『資本市場』2025年9月号)。物価は上がっていたのに、REITは下げたのだ。
理由は調達コストだ。REITは投資家の資金に加えて銀行借入で不動産を買う。金利が上がれば借入負担が増し、安全な10年国債との利回り差も縮む(野村証券、マネックス証券)。賃料上昇という「インフレのプラス」より、金利上昇という「対応のマイナス」が先に効いた。
その後は戻した。2025年に入るとREITは持ち直し、東証REIT指数は11月に一時、2,000ポイント台を回復した。年初からの上昇は約22%になる(マネックス証券、2025年12月)。賃料が上がり始めたことが背景だ。だがその高値も続かず、2026年6月時点の指数は1,800ポイント台に押し戻されている(松井証券「東証REIT指数」、2026年6月確認)。不動産は、物価が上がれば自動では上がらない。金利と賃料のどちらが速く動くかで、数年単位で逆に振れる。
3. 外貨は「円安に強い」のであって「インフレに強い」のではない
「ドルを持てば安心」も、半分しか当たっていない。ここを混同すると、備えるべきリスクを取り違える。
外貨を持つと、円安のときに円換算の価値が増える。円安への備えにはなる。だが、それはインフレへの備えとは違う。ドル自体も、米国の物価が上がれば実質の購買力を失う。円安に強いことと、インフレに強いことは同じではない。
コストと税も見落とせない。外貨預金は円とドルを往復するたびに為替手数料がかかり、レートが動かなくても往復のスプレッドだけで元本割れになりうる(auじぶん銀行の試算例)。利息は利子所得として20.315%の源泉分離、為替差益は雑所得で総合課税だ(国税庁「外貨建預貯金の預入及び払出に係る為替差損益の取扱」、所得税法第57条の3)。円に戻して初めて差益が実現する点も見落としやすい。手元の試算表で往復の手数料と税を差し引いてみると、「円安で得した」見た目の差益が、手取りではずいぶん縮む。
4. 株式は長期で物価に勝つ。だが「その年」に勝てるとは限らない
株式は「長期で見ればインフレに勝つ」と言われる。長い目では、おおむねそのとおりだ。だが「物価が上がる、まさにその局面で強い」とは限らない。
三菱UFJ信託銀行の運用調査は、はっきり書いている。株式はインフレヘッジになるといわれるが、2022年は世界的にインフレが高まるなかで株価が下落した、と(同行「インフレ経済と株式投資」2023年1月号)。過去にも物価加速局面で株のリターンは悪化し、日本では1960年代中頃と1970年代前半にTOPIXの3年リターンが、米国でも1960年代末から1970年代中頃にS&P500の3年リターンがマイナスになった(同)。名目でこうなのだから、物価を引いた実質リターンはさらに低い。
2022年の数字は具体的だ。S&P500は1月3日の高値4,796.56から9月30日の安値3,585.62まで、約9か月で約25.3%下げた(三井住友DSアセットマネジメント、終値ベース)。しかもこの年は株と債券が同時に下げ、米国の債券市場は1980年代以降で最大級の下落だった(S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス)。「株か債券のどちらかが守る」という分散も、インフレ局面では効かないことがある。長く持てるなら株は物価に勝ちやすいが、取り崩しの年限が近い人ほど、この「その年」の下落は重くのしかかる。
5. いちばん素直な「物価連動国債」は、個人の手に届きにくい
名前のうえでは、これが一番素直な「インフレに強い資産」だ。物価連動国債は、生鮮食品を除く全国消費者物価指数(コアCPI)に連動して元金が増減する(財務省「物価連動国債の商品設計」)。2013年度以降の発行分は、満期時に物価が下がっていても額面で償還される元本保証がある(同)。仕組みだけ見れば、家計にとって一番都合がいい。
問題は、その仕組みが家計の手に届きにくいことだ。2015年に個人向け販売が解禁されたが、実際は大手証券会社などの相対取引が中心で、個人が手軽に買えるとは言いがたい(東京海上アセットマネジメント)。財務省も、個人向け国債・新窓販国債以外の国債(物価連動債を含む)の取扱いの有無は把握していないため各金融機関に問い合わせよ、としている(財務省FAQ)。多くは、これを組み入れた投資信託を通じて間接的に持つ形になる。
なお、窓口で買える「個人向け国債」は物価連動ではない。変動10年・固定5年・固定3年の三種類で、変動10年が連動するのも物価ではなく金利だ(財務省「個人向け国債」)。名前が似ているだけで、別物だ。「物価に強い」と言うとき、その名前だけで選ぶと踏み違える。
6. 結局、効くのは資産の名前ではなく四つの条件だった
ここまで並べると、「インフレに強い資産」がひとくくりにできないことが見えてくる。
金は値上がり益だけが頼りで半値近く沈む年がある。不動産は金利が賃料より速く動けば数年単位で逆に振れる。外貨は円安には効くがインフレそのものには効かない。株式は長期では物価に勝ちやすいが、その年に下げることがある。物価連動国債は仕組みは素直だが個人は買いにくい。
共通して効くのは四つだった。保有期間。税。コスト。換金のタイミング。市場のチャートが「強い」と語るのは、コストも税も引く前の、いつでも売り買いできる投資家の話だ。家計はそこに、自分の保有期間と、売るときの税と手数料を足し引きしなければならない。「インフレに強い」が家計で成り立つかは、資産の名前ではなく、この四つで決まる。
だから、「インフレに強い」と聞いたら一度立ち止まってほしい。それは市場全体の話か、それとも税と手数料を引いた後の自分の口座の話か。本稿の価格・税率・制度は2026年6月時点で確認したもので、相場も税制もこの先変わる。個別の判断は最新の数字に当たり、譲渡所得や雑所得の扱いなど複雑な部分は、必要に応じて税務署や税理士・金融機関の窓口で確かめてほしい。確かめる価値があるのは、いつも後者のほうだ。
コメント
コメントを投稿
記事をお読みいただきありがとうございます。
ご意見・ご感想・ご質問をお気軽にお寄せください。
※スパム対策のためコメントは管理者承認後に公開されます。
※医療・法律・税務に関する個別相談はお受けできかねますので、専門家にご相談ください。