「老後2,000万円問題」の2,000万円は、報告書では幅の上端だった

 

「老後2,000万円問題」の2,000万円は、報告書では幅の上端だった「老後2,000万円問題」の2,000万円は、報告書では幅の上端だった


家計調査2025年で引き直すと月42,434円。ただし、その赤字は30年間ずっと同じではない

201963日に公表されたあの報告書を、実際に開いてみたことはありますか。金融庁の金融審議会・市場ワーキング・グループがまとめた「高齢社会における資産形成・管理」。世間が「老後2,000万円問題」と呼んだ文書です。本文でこの数字が出てくるとき、2,000万円は単独では立っていません。いつも「1,300万円〜2,000万円」という幅の、右端としてです。しかも報告書は、その幅を書いた同じ段落で、あくまで平均の不足額から導き出したものだと断っている。

私はこの文書を最初から最後まで読み直し、そのうえで、材料になった統計を2025年の最新版に差し替えて掛け算をやり直しました。出てきたのは月42,434円という数字と、報告書の掛け算が落としていたもう一つの変数です。順に確かめていきます。

1. 報告書が書いたのは「1,300万円〜2,000万円」という幅で、その正体は20年か30年かでした

報告書が書いたのは「1,300万円〜2,000万円」という幅で、その正体は20年か30年かでした

該当箇所は「2.基本的な視点及び考え方」の(1)です。夫65歳以上・妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯では毎月の不足額の平均が約5万円で、まだ2030年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1,300万円〜2,000万円になる。そう書かれています(金融庁 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」令和元年63日)。

幅の正体は年数です。5万円に240か月を掛ければ1,200万円、360か月なら1,800万円。それを丸めて1,300万円と2,000万円。掛け算はそれだけです。20年生きるか30年生きるかで、答えが700万円動く。その動きを、報告書は幅として正直に示していました。

報告書はこの掛け算のすぐ後ろで、この金額はあくまで平均の不足額から導き出したものであり、実際の不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる、当然不足しない場合もありうる、と続けています。念のための言い添えではなく、掛け算と地続きの但し書きです。

同じ数字は、報告書のもっと前、「1.(3)金融資産の保有状況」にも出てきます。不足額約5万円が毎月発生する場合には20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取崩しが必要になる、と。一つの文書のなかで二度書かれている。

見落とされやすいのは、その直後の注記です。この支出には特別な支出(老人ホームなどの介護費用や住宅リフォーム費用など)が含まれていない、と報告書は断っています。さらに、自らの金融資産を相続させたいのであれば金融資産はさらに必要になる、とまで書いている。2,000万円は幅の上端ではあっても、上限ではありません。

2. 2025年の家計調査で引き直すと、夫婦の赤字は月42,434円でした

2025年の家計調査で引き直すと、夫婦の赤字は月42,434円でした

報告書はこの「約5万円」を、公表当時の家計調査の平均像から取っています。材料が統計である以上、年が変われば答えも変わる。では、いまの材料で同じ掛け算をしてみます。

総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要」の参考4・表2を開きます。65歳以上の夫婦のみの無職世帯は、実収入254,395円、そこから税と社会保険料を引いた可処分所得が221,544円。これに対して消費支出は263,979円でした。

ここで手元で引っかかったことを書いておきます。可処分所得から消費支出を引くと42,435円になる。ところが同じ表が示す黒字額は△42,434円で、1円合いません。統計局が「表章単位未満を四捨五入しているため、内訳を足し上げても必ずしも合計とは一致しない」と注記しているとおりで、自分の引き算より公表値を採るのが筋です。以下、42,434円で通します。

この42,434円で計算すると、30年ぶんは約1,528万円、20年ぶんは約1,018万円。報告書の幅のなかに、やや下寄りで収まります。単身の場合は、可処分所得118,465円に対して消費支出148,445円で、月29,980円の不足。30年で約1,079万円です。

数字を眺めていて、もう一つ引っかかったことがあります。この世帯の平均消費性向は夫婦で119.2%、単身で125.3%。可処分所得より2割から25分も多く使っている。つまり「取り崩しながら暮らしている姿」が、平均そのものに最初から織り込まれている。赤字は異常値ではなく、この統計の標準形なのです。

3. その42,434円は30年続きません。同じ資料の表1に、赤字が縮んでいく数字が載っています
その42,434円は30年続きません。同じ資料の表1に、赤字が縮んでいく数字が載っています

報告書の掛け算には、明示されない前提があります。毎月の不足額が20年ないし30年のあいだ一定である、という前提です。240360を掛けるとは、そういうことです。

同じ「参考4」の表1が、その前提を検証する材料になります。二人以上の世帯のうち世帯主が65歳以上の無職世帯を、世帯主の年齢階級で三つに割った表です。

6569歳は、可処分所得245,710円に対して消費支出296,997円で、赤字51,287円。7074歳は248,599円に対して285,844円で、赤字37,245円。75歳以上は221,235円に対して248,460円で、赤字27,225円。平均消費性向も120.9%、115.0%、112.3%と下がっていきます。6569歳の赤字は、75歳以上のおよそ1.9倍。消費支出そのものが、75歳以上では6569歳の83.7%まで落ちています。

ここで一つ断っておきます。この表1は「夫婦のみ」ではなく、世帯人員2.3人前後の二人以上の無職世帯です。表2の夫婦世帯とは母集団が違うので、両者の金額を直接足し引きすることはできません。年齢による勾配だけを、表1のなかで読みます。

そのうえで、表1の数字だけで積み上げてみました。6569歳を5年、7074歳を5年、75歳以降を20年として合計すると、30年で約1,185万円。一方、表165歳以上の平均赤字32,951円を360か月まっすぐ引き伸ばすと約1,186万円。ほとんど同じです(表1の世帯数分布で加重平均を取り直すと33,019円となり、公表の32,951円と丸めの範囲で一致しました)。

総額は、定額で伸ばしてもそれほど狂わない。狂うのは総額ではなく、時期です。

最初の5年だけを取り出すと、年齢別に積み上げた取り崩しは約308万円。同じ5年を平均の32,951円で計算すると約198万円です。差は110万円。最初の10年では、531万円対395万円で、差は136万円になります。退職直後がいちばん重い。報告書が「資産寿命」という言葉で言おうとしていたのは、この傾きのことだと私は読んでいます。

2,000万円という総額をめぐる議論は、この傾きをまるごと落としていました。総額が同じでも、前半に厚く出ていく資産と、後半に薄く出ていく資産では、耐えられる年数が違います。

4. 平均の消費支出に、家賃はほとんど入っていません。効くのは夫婦より単身のほうです

平均の消費支出に、家賃はほとんど入っていません。効くのは夫婦より単身のほうです

同じ表2を、支出の内訳まで下りて見てください。夫婦高齢者無職世帯の「住居」は、月17,739円。消費支出263,979円の6.7%しかありません。食料が78,964円ですから、住まいにかかる費用は食費の4分の1以下ということになる。単身無職世帯でも住居は11,416円、消費支出の7.7%です。

なぜこんなに小さいのか。答えは表1にあります。二人以上の世帯のうち65歳以上の無職世帯の持家率は、95.5%。20世帯のうち19世帯が持ち家という集団の平均なのです。この17,739円の中身は、主に設備の修繕・維持であって、家賃ではありません。

では、借家の高齢世帯はどれくらいいるのか。総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」(令和6925日公表)が、世帯の型ごとに集計しています。高齢者のいる夫婦のみの世帯は6869千世帯で、そのうち借家は12.3%。ところが高齢単身世帯は7617千世帯あり、借家が32.2%、2451千世帯にのぼります。内訳は民営借家(非木造)13.4%、公営の借家8.1%、民営借家(木造)7.6%。

夫婦のうちは持ち家で暮らし、片方を見送ったあと単身世帯として残る。その過程を思えば、この差は住まいを変えたからというより、世帯の型が変わったから現れているとも読めます。ただしその読みは統計から直接は出ません。確かなのは、高齢単身世帯の3世帯に1世帯が借家だという事実のほうです。

家賃の水準は同じ調査の表7にあります。借家(専用住宅)の1か月当たり家賃は59,656円。種類別では、民営借家(木造)が54,409円、民営借家(非木造)が68,548円、公営の借家が24,961円、都市再生機構(UR)・公社の借家が71,831円です。なお、この家賃に共益費・管理費は含まれません。同じ調査が別項目として集計しています。

単身で民営借家(非木造)なら、平均との差は月57,132円。30年で約2,057万円の上乗せです。さきほどの1,079万円に足すと3,100万円台になります。公営の借家なら差は月13,545円で、30年でも約488万円にとどまり、合計は1,500万円台。夫婦の場合も見ておくと、民営借家(木造)で差は月36,670円、30年で約1,320万円。非木造なら月50,809円で約1,829万円。1,528万円に足すと2,800万円台から3,300万円台で、2,000万円の1.5倍前後です。

住まいの形がひとつ違うだけで、答えが1,000万円単位で動く。「不足額は各々の状況によって大きく異なる」という報告書の但し書きの、いちばん具体的な中身がこれだと私は考えています。持ち家であっても安心はできません。屋根や外壁の修繕を一度まとめてやれば、月17,739円という平均は簡単に飛び越えていきますから。

5. 同じ報告書に2,252万円も載っています。ただし平均と中央値は787万円ずれます

同じ報告書に2,252万円も載っています。ただし平均と中央値は787万円ずれます

報告書の「1.(3)金融資産の保有状況」に、こんな数字が並んでいます。65歳時点の金融資産の平均保有状況は、夫婦世帯で2,252万円、単身男性で1,552万円、単身女性で1,506万円(総務省「全国消費実態調査」より金融庁作成。図の表題は「世帯主が65歳〜69歳の金融資産額」)。

不足額の試算と、同じ節に置かれています。足りないとされた額と、すでに持っているとされた額が、ほぼ同じ大きさで並んでいた。

ただし報告書は、この数字の直前で、金融資産の保有状況は各人により様々であることから平均的な姿をもって一概に述べることは難しい、と前置きしています。そして直後には、住宅ローン等の負債を抱えている者もいるのでネットの金融資産で見ることが重要だ、とも書いている。同じ報告書の別の図(出典は同じ全国消費実態調査)では、6069歳の貯蓄現在高2,129万円に対して負債現在高267万円、負債保有率28.8%となっています。

では、平均でない数字はどこにあるか。総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)2025年(令和7年)平均結果の概要(二人以上の世帯)」(令和8519日公表)が中央値を出しています。世帯主が65歳以上の世帯の貯蓄現在高は、平均値2,564万円に対し、貯蓄保有世帯の中央値が1,777万円。差は787万円です。

分布まで見ると、もっとはっきりします。貯蓄現在高が2,500万円以上の世帯が36.3%を占める一方、300万円未満の世帯が14.9%。およそ7世帯に1世帯は、300万円に届いていません。2,252万円も2,564万円も平均であって、真ん中の人の額ではない。ここを取り違えると、方向を丸ごと間違えます。

もう一つ、2025年の数字に変化がありました。世帯主が65歳以上の無職世帯の貯蓄現在高は2,494万円で、前年から2.6%の減少。6年ぶりの減少です。取り崩しが、ようやく統計の側にも出はじめました。

6. 報告書が繰り返し書いていたのは、金額ではなく「見える化」でした報告書が繰り返し書いていたのは、金額ではなく「見える化」でした

通して読むと、報告書に繰り返し出てくる言葉は金額ではありません。「見える化」です。年金でいくら入るのか、いま何にいくら使っているのか、資産と負債はいくらか。それを自分の数字で並べること。最後の「おわりに」では、標準的なモデルが空洞化しつつある以上、唯一の正解は存在しない、とまで書かれています。

ここに挙げた制度や統計は、毎年書き換わります。年金額の見込みはねんきんネットか年金事務所で、保険料や医療費の窓口負担はお住まいの市区町村の窓口で、必ず最新の値をご自身で確かめてください。税や相続がからむ判断であれば、税理士や社会保険労務士に当たるのが確実です。この記事の数字も、20267月時点で私が原典に当たって確認できた範囲のものにすぎず、個別の家計への助言ではありません。

20196月のあの騒ぎで、独り歩きしたのは見出しだけでした。幅で書かれ、平均だと断られ、介護もリフォームも相続も入っていないと注記されていた数字が、いつのまにか一つの目標額になった。

あなたに必要な金額は、あの報告書のどこにも書かれていません。書けるはずもないのです。書けるのは、あなたの家賃と、あなたの年金見込額と、あなたが何年ぶんを見積もるか。そしてもう一つ、その赤字が何年目からいくらに変わるか。四つ目こそ、報告書の掛け算が落としていた変数です。

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