40代からの「逆算式」資産形成
40代からの「逆算式」資産形成
目標額から月々の積立を割り出す手順
65歳までにいくら要るのか。その額を用意するには、毎月いくら積み立てればいいのか。逆算とは、この順で考えることを指す。
順序を逆にすると、根拠が消える。「毎月3万円」から始めると、その3万円が足りるのか多すぎるのかは最後までわからない。終点を先に決め、そこから今日の積立額を割り出す。40代なら、まだこの順で組める年数が残っている。
以下は、その割り出しの手順である。数字はすべて仮の前提から出したもので、あなたの数字ではない。式と手順だけを持ち帰ってほしい。
1. 2,000万円は運用益ゼロの単純な足し算にすぎない
「老後2,000万円」の出所は一つに絞れる。金融庁・金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」(令和元年6月3日公表)だ。
中身は素っ気ない。高齢夫婦無職世帯――報告書ではこれを夫65歳以上・妻60歳以上の無職世帯としている――の実収入は月209,198円、実支出は月263,718円。差し引き54,520円が毎月の赤字で、これを丸めた約5万円に20〜30年を掛けると1,300万〜2,000万円になる。それだけだ。
注意すべき点が二つある。一つ、この2,000万円は運用益をまったく織り込んでいない。赤字額を月数分だけ足した数字である。二つ、報告書自身が、これは平均から導いた額であって不足額は各々の収入・支出やライフスタイルによって大きく異なる、と釘を刺している。
そして平均そのものが動く。総務省の家計調査(家計収支編・2025年平均、2026年2月6日公表)で、65歳以上の夫婦のみの無職世帯を引く。可処分所得は月221,544円、消費支出は月263,979円。不足は月42,435円、約4.2万円である。30年なら約1,528万円になる。
方向を間違えないでほしい。この数字は縮んでいない。物価が消費支出を押し上げた分、直近では戻している。報告書の54,520円と1万円強の差があるのも、世帯の区分が違うからでもある(報告書は夫65歳以上・妻60歳以上、家計調査の現行区分は65歳以上の夫婦のみ)。同じ「高齢夫婦の毎月の赤字」でも、どの年のどの表を引くかで額は変わる。終点は、一度決めたら固定される数字ではない。
では自分の終点はどう出すか。厚生労働省が示す令和8年度(2026年度)の標準的な年金額――夫が平均的な収入(賞与を含む月額換算45.5万円)で40年就業し、妻がその間ずっと専業主婦だった世帯――は、夫婦2人分の老齢基礎年金を含めて月237,279円だ(日本年金機構「令和8年4月分からの年金額等について」)。支出を月28万円と置けば不足は月4.3万円、月25万円なら不足は月1.3万円。終点はこの差で決まる。
自営業だけで来た世帯なら話は変わる。年金は国民年金のみで、令和8年度の満額は1人月70,608円。夫婦2人でも141,216円にしかならない。同じ支出なら不足はもっと大きい。終点は職業でまるで違う。だから他人の2,000万円ではなく、ねんきん定期便かねんきんネットで引いた自分の見込み額から始める。逆算はここからだ。
2. 逆算の芯は、目標額・年数・利回りの一本の式
終点(目標額)が決まれば、必要な月額は一本の式で出る。変数は三つ。目標額、積み立てる年数、想定する利回り。
仮に終点を2,000万円、期間を20年(40代半ばから65歳まで)、利回りを年3%と置く。毎月一定額を積み立て、運用益も再投資する前提で逆算すると、必要な積立は月およそ6.1万円になる。
内訳はこうだ。月6.1万円を240カ月積むと、元本は約1,464万円。残りの約536万円は、年3%で回り続けた運用益が埋める。逆算とは、この「元本+運用益=目標額」を成り立たせる月額を、逆から解く作業にすぎない。
計算の中身を隠さず書いたのは、前提を差し替えれば答えが変わることを、次で見てもらうためだ。
3. 利回りの一行を書き換えると、必要な積立は月2.6万円動く
同じ2,000万円、同じ20年で、利回りの前提だけを変えてみる。
年1%なら月約7.5万円。年3%なら月約6.1万円。年5%なら月約4.9万円。前提を年1%から年5%へ動かすと、必要な積立は月2.6万円下がる。低い前提と高い前提では、1.5倍以上ひらく。利回りという一行を書き換えるだけで、これだけ動く。
この感応度は、先の金融庁報告書自身が示している。報告書は月5,000円を30年積む例を挙げた。総拠出180万円が、年2%なら246万円、年1%なら209万円。たった1%で、37万円変わる。
問題は、利回りが保証されないことだ。過去の平均が将来を約束するわけではない。だから「毎月◯円」という逆算の答えを、絶対値として信じてはいけない。低めの利回りで一度引き直し、上振れは余禄と考える。それが、前提の暴走を防ぐ唯一の方法だ。
4. 器はまずNISA ― 枠の内側なら20.315%が消える
積立額が決まったら、次はどの器に入れるかだ。ここで効くのが税金である。
課税口座で運用すると、譲渡益に20.315%かかる。内訳は所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%(国税庁「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」)。先の年3%・20年の例で運用益は約536万円。課税口座なら、この536万円に約109万円の税がかかる。NISAならゼロだ。同じ運用で、手取りが109万円変わる。
ついでに書いておく。0.315%は所得税額に2.1%を掛けた復興特別所得税で、令和19年分まで続く。国税庁の説明では、令和9年分以後はここに防衛特別所得税が加わる形に変わる。20年先まで積む話をしているなら、税率の一行も固定ではない。
2024年からのNISAは、つみたて投資枠が年120万円、成長投資枠が年240万円、あわせて年360万円。生涯の非課税保有限度額は簿価で1,800万円(うち成長投資枠は1,200万円まで)。保有期間は無期限(金融庁「NISAを知る」)。
先の例の元本総額は約1,464万円で、生涯枠1,800万円の内側に収まる。40代から始める逆算の多くは、NISAの枠だけで完結する。利回りを低く見て積立が月7.5万円まで上がる年1%の場合でも、総拠出は1,800万円ちょうどで、枠の縁に触れる。埋める順番は、まずNISAである。
5. iDeCoは拠出したそばから節税、ただし60歳まで出せない
NISAの枠を超える分、あるいは入口の節税がほしい人には、もう一つの器がある。iDeCo(個人型確定拠出年金)だ。
NISAとの決定的な違いは、拠出したその年に税が減ることだ。iDeCoの掛金は全額が所得控除(小規模企業共済等掛金控除)の対象になる。運用益が非課税なのはNISAと同じだが、iDeCoは拠出時にも所得税と住民税が下がる。売却益を待たず、積み立てた瞬間から効く。
代償は流動性だ。iDeCoの資産は、原則60歳まで引き出せない。40代で始めれば、その資金は15〜20年ロックされる。教育費や住宅ローンの谷を、iDeCoに入れずに越えられるかどうかを先に確かめる。無理に入れて、途中で現金が要って詰むのが最悪の筋書きだ。
掛金の上限は職業で違う。いまは、企業年金のない会社員が月2.3万円、自営業者などの第1号被保険者が国民年金基金等と合わせて月6.8万円。ここが、じきに動く。2025年6月に成立した年金制度改正法(令和7年法律第74号)にもとづき、2026年12月1日施行の予定で、第1号被保険者は月7.5万円、会社員・公務員などの第2号被保険者は月6.2万円へ引き上げられる。企業年金のない会社員なら、2.3万円が6.2万円。2.7倍だ。加入できる年齢の上限も、原則65歳未満から70歳未満へ広がる(厚生労働省「2025年の制度改正 iDeCo・企業型DC・国民年金基金の拠出限度額の引き上げ」)。掛金の引き落としに反映されるのは2027年1月分からとされている。
この一行で、割り振りの前提が変わる。月6.1万円という逆算の答えは、施行後なら理屈のうえではiDeCo一本に収まってしまう。だが収まることと、そうすべきことは別だ。60歳まで動かせない器に月6.1万円を全部入れる設計は、40代の家計にはたいてい無理がある。逆算で出した月額を、まず60歳まで動かさなくていい分だけiDeCoへ、残りをいつでも売れるNISAへ。器は一つに絞らず、引き出しやすさで割り振る。
6. 40代で最も効くのは利回りではなく、積立を続ける年数
三つの変数のうち、利回りは選べない。相場は向こうからやってくる。目標額は生活水準で決まり、削るには限度がある。
残る一つが年数だ。そしてこれが、40代にとって最も効く。
同じ2,000万円、同じ年3%で、期間だけを変えてみる。15年なら月約8.8万円。20年なら月約6.1万円。25年なら月約4.5万円。10年の差で、必要な月額はほぼ半分になる。40代前半に始めるか後半に始めるか、その数年が効く理由がここにある。
年数を延ばすことは、市場に長く晒すことでもある。そこは正直に書いておく。ただ、利回りと違って、いつ始めていつまで続けるかは自分で決められる。積立を止めない年数は、逆算式の中で唯一、ほぼ制御できる変数だ。
40代の武器は、高い利回りではない。まだ残っている年数のほうである。
ここまで並べた金額は、すべて仮の前提から出した試算にすぎない。利回りは保証されないし、あなたの不足額は2,000万円ではないかもしれない。この記事は特定の金融商品を勧めるものではなく、税や社会保障の制度がどう当てはまるかは一人ひとり違う。だから、ここの数字をそのまま使わないでほしい。
やることは三つだ。ねんきん定期便を開いて、自分の終点を出す。式に自分の年数を入れる。利回りは低めに置いて、月額を確かめる。商品を選ぶ段になったら、自分の家計と、必要なら金融機関や税理士などの専門家に当たってほしい。
逆算は、誰かの正解を借りる作業ではない。自分の数字を一度、手で動かしてみる作業だ。40代なら、その計算をやり直せる年数が、まだ手元にある。
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