40代から始める米国株、「今さら遅い」は本当か
40代から始める米国株、「今さら遅い」は本当か
45歳の平均余命は37.52年 ― 運用に使える時間は、そこから数える
厚生労働省の「令和7(2025)年簡易生命表」を開き、45歳の行を指でたどりました。男37.52年、女43.20年。これが45歳の平均余命です。年齢を足すと男82.5歳、女88.2歳になります。「40代から米国株を始めるのはもう遅い」という言い方はよく目にしますが、その「遅い」が何年を指すのかを、この表と突き合わせて説明した文章には、あまり出会いません。年齢の話をいったん脇に置き、時間のほうを数えてみます。
1. 45歳の平均余命は、男37.52年・女43.20年ある
同表の「主な年齢の平均余命」(表1)によれば、45歳の平均余命は男37.52年、女43.20年。前年の令和6年は37.26年と43.03年でしたから、1年のあいだに男は0.26年、女は0.17年延びました。40歳まで戻せば男42.29年、女48.05年です。
ここで押さえておきたいのは、この表が何を計算したものかという点です。概況の冒頭に書かれているとおり、令和7年簡易生命表の作成基礎期間は令和7年1月1日から12月31日までの1年間。つまり「この1年間の死亡状況が今後変わらないと仮定したら」という条件つきの期待値であって、医療の進歩も悪化も織り込んでいません。
そして過去の実績を見るかぎり、この仮定は控えめな側に外れてきました。同じ概況の表3をたどると、90歳まで生存する者の割合は平成7年で男12.8%・女30.9%、平成22年で男21.5%・女46.2%、令和7年で男26.7%・女50.8%。30年で倍近くになっています。単調ではありません。令和2年の男28.1%を令和7年は下回っています。それでも方向は上向きです。生命表の余命は、将来を当てにいった予測ではなく、いま分かっている死亡状況を素直に引き延ばした目安だと考えたほうがよさそうです。
「今さら遅い」が前提にしているのは、たいてい「定年までの残り20年で運用は終わる」という数え方でしょう。45歳から65歳までがちょうど20年ですから、算数としては間違っていません。問題は、20年で終わるのが積立であって、運用ではない点にあります。
2. 65歳より後の時間は、45歳女性で全体の53.7%を占める
45歳男性の平均余命37.52年のうち、最初の20年が65歳までです。残りは17.52年、全体の46.7%。女性は43.20年のうち23.20年、53.7%が65歳より後になります。平均で見れば、45歳の人にとって65歳以降の時間は積立期間とほぼ同じか、女性ではむしろ長い。資産はその間ずっと、どこかに置かれ続けます。現金に換えるか市場に置いたままにするかは選べますが、「置かなくていい期間」ではありません。
生存数の列から割り戻すと、この長さはもう少しはっきりします。生命表本体によれば、出生10万人に対する45歳の生存数は男97,829人、女98,588人。90歳の生存数は男26,705人、女50,819人です。45歳を起点に計算し直すと、90歳に届くのは男性の27.3%、女性の51.5%。85歳までなら男性47.8%、女性71.0%になります。45歳の女性のおよそ半数が、いまから45年後に生きている計算です。
寿命中位数も同じ方向を指しています。生命表上でちょうど半数が生存すると期待される年数のことで、令和7年は男84.13年、女90.17年。平均寿命の81.35年、87.33年をそれぞれ2.78年、2.84年上回っています。平均寿命だけを見ていると、この差のぶんだけ残り時間を短く見積もることになります。
3. 「20年持てば元本割れしない」あの図は、米国株を積み立てた図ではない
長期投資の話で必ず引かれるのが、保有期間5年と20年の運用成果を並べたヒストグラムです。出所は金融庁「つみたてNISA早わかりガイドブック」のLesson 4。原資料の注記によれば、これは1985年以降の各年に毎月同額ずつ国内外の株式・債券を買い付けたもので、株式は各国の代表的な株価指数、債券は各国の国債を、それぞれ市場規模等に応じてウェイト付けしています。米国株を積み立てた図ではありません。資産と地域を分散した積立の図です。
金融庁自身の書きぶりも、流通する要約よりずっと慎重でした。同じページにあるのは「元本割れしない」ではなく、資産や地域を分散した積立投資を長期間続けることで結果的に元本割れする可能性が低くなる傾向がある、という言い方です。過去の実績にもとづく算出であって将来の投資成果を予測・保証するものではないこと、途中で売ったり積立投資をやめてしまえば効果が弱まることも、同じ見開きに書かれています。
横軸を見ると、5年と20年のどちらの分布も、年率マイナス8%からプラス14%までの同じ帯の上に置かれています。そして保有期間5年のほうには、そのマイナス側にも実際に山があります。5年という単位では元本割れが起きていた。この図が語っているのはそこまでで、米国株一本に絞った場合にどうだったかは、この図からは読み取れません。
4. NISA口座で米国株を持つと、米国で引かれた10%は戻ってこない
米国株や米国ETFの配当には、米国側で源泉徴収が入ります。日米租税条約の限度税率により、一般の個人投資家が受け取る配当については10%。条約本文は財務省「我が国の租税条約等の一覧」に掲載されています。課税口座なら、この米国分は確定申告で外国税額控除の対象にできます。国税庁「No.1240 居住者に係る外国税額控除」が示す控除限度額は、その年分の所得税額に、調整国外所得金額を所得総額で割った比率を掛けた額です。
この式をNISA口座の配当に当てはめるとどうなるか。国内で非課税とされている以上、その配当に対応する所得税額がありません。控除しようにも、控除する先の税額がない。しかも外国税額控除は確定申告で受けるものですが、非課税の配当所得はそもそも申告の対象になりません。結果として、米国で引かれた10%は取り戻す道がないまま残ります。
NISAは「非課税」と呼ばれますが、それは日本国内での課税がないという意味であって、米国側の課税まで消すわけではない。配当利回りの高い米国個別株やETFを成長投資枠に置くつもりなら、この10%は最初から利回りから差し引いて数えるべきです。
5. 国内の投資信託を経由しても、この10%は消えない
では、米国株を直接持たずに、国内籍の投資信託やETFを通じて持てばどうでしょうか。ここには「分配時調整外国税相当額控除」という仕組みがあります。国税庁のタックスアンサーNo.5761に説明があるとおり、2020年1月1日以後に支払われる集団投資信託の収益の分配について、ファンドが外国で納めた税額を、その分配金にかかる国内の源泉所得税から差し引くというものです。投資家側の手続きは要りません。
ただし、この調整が働くのは国内で源泉所得税が課されている場合に限られます。日本証券業協会が公表した「投資信託等の二重課税調整制度開始のご案内」は、対象となる投資信託等をNISA口座で保有している場合、国税分が非課税となり外国との二重課税状態が発生しないため本措置の対象にならない、と明記しています。控除する先の税額がないという点で、前節の個別株とまったく同じ構図です。
もう一点。日本で残高の大きいインデックスファンドの多くは、分配金を出さない設計です。分配金が支払われなければ、調整の対象となる分配金そのものが存在しません。これは課税口座であっても変わりません。
米国株を直接買うか、投資信託を通じて買うか。手数料や手間には違いがありますが、米国側で引かれる分については、NISAにいるかぎりどちらのルートでも取り戻せない。ここは商品選びで解決できる論点ではなく、最初から差し引いて計算しておく前提のほうです。
6. 株価が一日も動かなくても、円で見た評価額は動く
日本銀行が毎営業日公表している「外国為替市況(日次)」を並べてみます。2026年7月31日の東京市場、17時時点のドル円は160.20〜160.22円。この日のレンジは159.39〜160.90円でした。4営業日後の8月6日は、17時時点で157.86〜157.87円、レンジは157.57〜157.89円。17時時点どうしで比べると2円35銭、率にして1.5%ほど円高に振れています。この間に米国株の株価がまったく動かなかったとしても、円で見た評価額はそれだけ動いた計算です。
同じ資料には前営業日のスポット出来高も載っています。7月31日付の紙に記録された7月30日の出来高は346億8,500万ドル。8月6日付の紙に載った8月5日は28億2,800万ドルですから、12倍を超える差です。数字の並びだけで、この数日に何かが起きたことは読み取れます。
もっとも、40代の読者に効いてくるのは数日の振れではありません。同じ日銀の月次データで、45歳の平均余命とほぼ同じ長さの過去をさかのぼってみます。東京市場のドル円は、1989年12月の月中平均が143.62円。1995年4月には月中最安値79.75円、2011年10月には75.52円をつけています。そして2026年7月31日は、17時時点で160円台です。一人の45歳に残された時間と同じだけの過去のなかで、円は2倍を超える幅で動いてきたことになります。
米国株を円で買い、円で使う人にとって、手取りは株価と為替の掛け算です。そしてこの掛け算は、積立期と取り崩し期で意味が逆になります。積立を続けている45歳にとって、円高は買付単価が下がる局面であって、必ずしも不利ではありません。痛いのは、取り崩しを始めたあとに円高が来る場合です。前節までのとおり、その取り崩し期は平均で17年から23年あります。米国株を選ぶとは、株式市場のリスクに加えて為替のリスクを、その期間ずっと抱えるという選択でもあります。
7. 下落を給料で受け止められる年数が、40代にはまだ残っている
数字を並べ直すと、40代の位置づけが違って見えてきます。45歳の人に残っているのは20年の保有期間ではなく、積立20年と取り崩し17〜23年を合わせた時間です。そして最初の20年には、60代以降にはない条件がひとつ付く。労働収入があるということです。
これが効くのは下落局面です。金融庁の図で保有期間5年の分布がマイナス圏にも山を作っていたことは、20年のあいだに何度か、資産が減った状態で数年を過ごす時期が来ると読むべきでしょう。そのとき積立をやめずに済むかを決めるのは、投資の知識ではなく家計の余力です。金融庁が、途中で売却したり積立を中断したりすれば効果が弱まると注記しているのは、まさにこの局面のことだと思います。取り崩し期に入ってから同じ下落に遭えば、給与で埋める手は使えません。40代に残っているのは、時間そのものというより、下落を給料で受け止められる年数のほうです。
「今さら遅い」かを決めているのは年齢ではなく、45歳の行にある37.52年と43.20年のうち何年ぶんを市場に置いたままにしていられるか、という問いでした。なお、ここに並べたのは制度と統計の数字であって、特定の商品や売買時期を勧めるものではありません。生命表の余命は集団の平均であって誰かひとりに配られた年数ではなく、税の扱いも口座区分やその年の所得、商品の種類で変わります。実際の申告は所轄の税務署か税理士にご確認ください。生命表を閉じるとき残ったのは、遅いか早いかではなく、あと何年ぶん耐えられるか、という別の問いのほうでした。
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