50代からの友人づくり ― 孤立と孤独死のリスクにどう備えるか

 

50代からの友人づくり孤立と孤独死のリスクにどう備えるか

統計が示す「孤独」と「孤立」の違いから考える

50代からの友人づくり ― 孤立と孤独死のリスクにどう備えるか

2024年に自宅で誰にもみとられず亡くなり、死後8日以上たって見つかった人は、21856人でした。内閣府の作業部会が2025年に公表した「孤立死」の初めての推計です(内閣府「孤独死・孤立死の実態把握に関するワーキンググループ」最終報告、警察庁の2024年データに基づく)。うち男性が17364人。全体の約8割です。65歳以上が約7割を占めました。

この数字を、あなたを脅すために置いたのではありません。むしろ逆です。この21856人が「どういう人たち」で構成されているかを見ると、50代のいまできることが、そこから逆算できるからです。

1. 「孤独」と「孤立」は、実は別のものです

「孤独」と「孤立」は、実は別のものです

最初に、言葉を分けておきます。

「孤独」は、さみしいと感じる主観的な状態です。「孤立」は、人とのつながりが実際に乏しい客観的な状態です。ふだんは同じように使われますが、内閣府はこの二つを分けて調べています。

少し意外かもしれません。孤独感が「常にある」と答えた割合は、年齢別で見ると20代・30代のほうがむしろ高い、という結果が続いています(内閣府「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和6年)」)。さみしさは、若い世代にも重くのしかかっている。年齢のせいだけではないのです。

一方、命に関わるところまで進む「孤立」は、高齢の男性に偏っていました。つまり、あなたがこれから備える相手は、「さみしいという気持ち」ではなく、「気づいたら、誰とも用事のない状態」のほうです。この二つは、打つ手が違います。

2. 数字が指すのは、65歳以上の男性という偏り

数字が指すのは、65歳以上の男性という偏り

なぜ、その偏りが50代の話につながるのでしょう。

孤立死の多くは、65歳以上の男性でした。では、その人たちの50代は、どうだったか。多くは、まだ働いていたはずです。

働いているあいだは、いやでも人と会います。会議がある。取引先がいる。昼を一緒に食べる相手がいる。これは、つながりを自分から作らなくても、勝手に供給されている状態です。

問題は、それが定年で一斉に止まることです。ある日をさかいに、平日の予定が白くなる。用事で会う相手が、ゼロに近づく。そこから関係を新しく作り直すのは、50代のうちに手をつけておくより、ずっと重い作業になります。だから分かれ目は、実感が押し寄せる70代ではなく、まだ余力のある50代のほうにあります。

3. 深い友情は要りません。必要なのは「顔なじみの数」

深い友情は要りません。必要なのは「顔なじみの数」

ここで多くの記事は「親友を作ろう」と書きます。私は、あなたにそこでつまずいてほしくありません。

50代から、心を許せる親友を新しく作るのは、正直なところ簡単ではありません。そして、そこまでのものは要らない、というのが調査から見える答えです。

政府の重点計画は、支えになる「つながり」を、必ずしも親密な人間関係に限っていません(内閣府「孤独・孤立対策に関する施策の推進を図るための重点計画」)。挨拶を交わす相手がいる。困ったときに声をかけられる場がある。そうした緩やかな関係も、つながりのうちに数えています。

目指すのは「友達の数」ではなく、「顔なじみの数」です。全国調査では、地域や趣味などの社会活動に「特に参加していない」人が50.6%いました。半分の人は、何もしていない。裏返せば、もう半分の側に入るだけで、風景はずいぶん変わります。

4. 「自動的な接点」が消える前に、できること

「自動的な接点」が消える前に、できること

では、いま手をつけられることを、いくつか挙げます。合わないものは、飛ばしてかまいません。

ひとつは、職場の外に接点を一つ持っておくことです。地域の集まりでも、習い事でも、月に一度の会でもいい。働いているうちは「保険」に見えますが、定年後はそれが本体になります。

もうひとつは、いま細くなっている縁を、切らずに残すことです。年に一度だけ連絡する相手。前の職場で気の合った人。関係は、ゼロから作るより、細いまま保つほうが軽くてすみます。

それから、行きつけを作ること。同じ店、同じ散歩道、同じ図書館。名前は知らなくても、顔を覚えてくれる人がいる場所は、それ自体が緩やかなつながりです。

念のため書き添えておくと、これらは「こうすれば孤立死を防げる」という保証ではありません。孤立の背景には、経済状況や病気など、本人の努力だけでは動かせない事情もあります。ここに書いたのは、あくまで動かせる部分の話です。

最初の21856という数に、もう一度戻ります。

この数が数えていたのは、さみしかった人ではなく、つながりが実際に切れていた人でした。そしてその切れ方の多くは、たぶん、ある日突然ではなく、少しずつ進んだものだったはずです。

だとすれば、いま結び直せるものも、大きな一本ではないのだと思います。挨拶の相手。細く残した昔の縁。顔を覚えてくれる店。そういう小さなものの合計が、10年後のあなたの平日を、少しだけ埋めているかもしれません。

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