新NISAの1,800万円は、どんなに急いでも5年かかる
新NISAの1,800万円は、どんなに急いでも5年かかる
年間360万円という上限が、先に決めていること ― 2026年の制度改正と確報値で当て直す
2026年7月3日、金融庁が「NISA口座の利用状況調査」の2025年12月末時点の結果を公表した。同年2月に出ていた速報値と比べると、口座数が5万ほど下に振れている。数字が動いたので、この記事の割り算はすべて当て直した。それでも結論は一文字も変わらなかった。1,800万円は、どんなに急いでも5年かかる。その5年を決めているのは投資家の意志でも技術でもなく、制度の側である。
1. 1,800万円は、励ましではなく歯止めとして置かれた
日本証券業協会が公開している「2024年以降のNISAに関するQ&A」(2025年9月版)の第9問は、なぜ非課税保有限度額が設けられたのか、という問いを立てている。その答えは短い。与党が取りまとめた「令和5年度税制改正大綱」を引きながら、投資余力の大きい高所得者層に対する「際限ない優遇とならないよう」に設定することとされた、と述べているだけである。
1,800万円は、資産形成を励ますために置かれた目標ではない。励ましに上限を引くために置かれた線である。この順序を取り違えると、「満額を最速で」という発想そのものが、制度の設計思想と正面からぶつかっていることが見えなくなる。速く埋めた人が制度の勝者になる、という構図は、少なくとも税制側の言葉のなかには一度も出てこない。
では、その線をいちばん速く踏むと何年かかるのか。ここから先は気構えの話ではなく、割り算の話になる。
2. 1,800万円を年360万円で割ると、答えは5年しか出てこない
前掲Q&Aの第7問によれば、年間投資枠はつみたて投資枠が120万円、成長投資枠が240万円で、併用して最大360万円。第8問では、生涯の非課税保有限度額が一人1,800万円、うち成長投資枠は1,200万円と示されている。
1,800を360で割れば、ちょうど5になる。そして使い残した年間投資枠を翌年に繰り越すことは認められていない(同 第27問)。同じ年のうちに売却しても、その年の年間投資枠は戻らない(同 第28問)。つまり5年を4年に縮める抜け道は、制度のどこにも用意されていない。年収がいくらであろうと、手元に何千万円あろうと、最短は5年で横並びになる。
「最速で埋める人」に共通点があるとすれば、それは巧みさではない。5年にわたって毎年360万円を投資に回してもなお家計が回った、というただ一点である。速さは技術ではなく、余剰資金の量が先に決めている。
3. 成長投資枠1,200万円の壁が、つみたて枠を毎年満額にさせる
ここに、あまり語られない拘束がひとつある。成長投資枠だけで1,800万円を埋めることはできない。第8問の1,200万円は、1,800万円の内数として置かれた上限だからである。
差の600万円は、つみたて投資枠でしか埋まらない。600万円を年間120万円の枠で割れば5年。5年で1,800万円に到達する経路は、5年とも成長投資枠240万円とつみたて投資枠120万円の両方を満額使い切る、たった一本しかないことになる。
試しに初年度だけつみたて投資枠を使わなかったとしよう。初年度240万円、2年目から5年目まで360万円ずつで合計1,680万円。残り120万円は成長投資枠がすでに1,200万円に達しているため、6年目につみたて投資枠で入れるほかない。つみたて投資枠を1年取りこぼしただけで、最速は5年から6年に伸びる。急ぐ人ほど、いちばん地味な枠を落とせない。
4. つみたて投資枠は、年に一度のまとめ買いを認めていない
そのつみたて投資枠には、さらに形の縛りがある。受け入れられるのは「累積投資契約に基づく買付け」に限られる。前掲Q&Aの第23問は、この契約を、あらかじめ銘柄を指定したうえで定期的・継続的に一定額を買い付けることを約する契約だと説明したうえで、「定期的」とは原則として毎月であり、2か月に1回や3か月に1回も認められるが、年に1回とすることは認められない、と明記している。
だから「12月に思い立って、つみたて投資枠の120万円を一度に入れる」という埋め方は、制度の側が想定していない。年内の買付けとして数えられるのは受渡日が12月31日以前のものだけ(同 第32問)で、証券会社ごとにボーナス月の設定など運用の幅はあるものの、年をまたぐ手前で帳尻を合わせる自由は成長投資枠ほど広くない。速さを決めているのは決断の早さではなく、年初にどういう契約を組んだか、である。
買える中身のほうは、2026年の改正で少し広がった。金融庁の「令和8(2026)年度税制改正について」(2025年12月)によれば、つみたて投資枠の指定株式指数に読売株価指数とJPXプライム150指数が加わり、指定指数に連動しない公募株式投資信託の要件も「主に株式に投資するもの」から「主に株式又は公社債に投資するもの」に改められた。債券中心やバランス型の投資信託が選択肢に入るという意味である。ただし、これは選べる商品の話であって、買い方の縛りが緩んだわけではない。
5. 1口座あたりの年間買付額は約66万5,000円、年間枠の18.5%だった
では実際、人はどれくらいのペースで枠を使っているのか。日本証券業協会が金融庁「NISA口座の利用状況に関する調査結果」をもとにまとめた「NISA口座の開設・利用状況(2025年12月末時点)【速報版】」(2026年2月)によると、全金融機関のNISA口座数は約2,826万口座。2025年1月から12月までの買付額は、成長投資枠が約12兆5,534億円、つみたて投資枠が約6兆2,401億円、合計で約18兆7,935億円だった。
18兆7,935億円を2,826万で割ると、1口座あたり年間およそ66万5,000円。年間投資枠360万円に対して18.5%である。枠ごとに割っても比率はほとんど動かない。成長投資枠が1口座あたり約44万4,000円で枠の18.5%、つみたて投資枠が約22万1,000円で枠の18.4%。偶然にしてはよく揃っている。
冒頭に書いた確報値では、この口座数が約2,821万に下方修正されている(金融庁、2026年7月3日公表)。割り直すと1口座あたり約66万6,000円、年間枠に対して18.5%。1,800万円に届くまで27年。動いたのは百円単位の桁だけで、絵は変わらなかった。
この割り算には粗さがある。分母の口座数には、開設したまま一度も買い付けていない口座が含まれているし、途中で開設した人も同じ1口座として数えられている。実際に投資している人だけを分母にすれば比率は上がる。それを踏まえてなお、平均的な使い方は年間枠の2割前後だと言ってよく、この速度のままなら1,800万円に届くのは27年後という計算になる。5年で埋める人は、平均の5.4倍の速さで走っていることになる。
6. 手元の投資信託は移せず、売れば20.315%が先に出ていく
すでに特定口座で投資信託や株式を持っている人が、それをNISA口座に付け替えて一気に枠を埋める、という近道を思いつくことがある。これはできない。前掲Q&Aの第14問は、特定口座や一般口座、旧NISA口座に預けている上場株式や株式投資信託等をNISA口座に移すことはできず、NISA口座開設日以降に新たな資金で投資する必要がある、と述べている。
残る手は、いったん売って買い直すことだ。ここで含み益が実現し、20.315%が課税される。含み益が100万円あれば20万3,150円。この20万3,150円は、非課税枠を早く手に入れるために先払いする金額である。将来その分の運用益が非課税になることと比べてどちらが得かは、残りの運用年数と利回りの前提しだいで逆転する。誰にでも当てはまる答えは出ない。
枠が戻る速さにも制限がある。売却によって空いた分が使えるのは翌年以降で、当年中には戻らない。金融庁は2025年8月の令和8年度税制改正要望に「非課税保有限度額の当年中の復活」を挙げていたが、これは同年12月の大綱に入らず、2026年3月31日に成立・公布された所得税法等の一部を改正する法律(令和8年法律第12号)にも盛り込まれなかった。入れ替えて枠を回す速さは、当面いまのままである。
同じ改正で実際に決まったのは、つみたて投資枠の年齢要件の撤廃(0歳から17歳に年間60万円・非課税保有限度額600万円の枠を新設し、2027年から利用可能)、指定株式指数と債券中心の投資信託の追加、つみたて投資枠のうち定期売却サービスに限った手数料徴収の容認、そしてNISA口座の所在地確認手続の廃止だった。年間360万円にも1,800万円にも、この改正は手を触れていない。5年という答えは、改正をまたいでそのまま残った。
7. 60代で5年に詰め込むことと、20代で5年に詰め込むこと
ここまでを並べると、速さの正体はかなりはっきりする。最短5年という数字は制度が先に決めており、そこに到達できるかどうかは、5年間360万円を出し続けられる家計かどうかで決まる。工夫の余地は、つみたて投資枠を毎年落とさないことと、契約の形を年初に整えておくことくらいしかない。
そのうえで、40代後半から60代の読者にとって本当に考える価値があるのは、別の問いだと思う。5年で1,800万円を入れ切るということは、5年目の終わりに、資産のかなりの部分が同じ時期に買った価格帯に固まるということでもある。20代なら、その直後に下げても取り返す時間がある。60代で同じことが起きたとき、待てる年数はそれより短い。速さは、非課税の恩恵を前倒しにすると同時に、価格変動にさらされる時期を一点に寄せる。どちらの効果が大きいかは、その人が何歳で、いつ取り崩し始めるかで変わる。ここに一般解はない。
出口のほうに制度の手が入り始めたことは、頭の隅に置いておいていい。つみたて投資枠の売買手数料はこれまでゼロとされてきたが、2026年の改正で、定期売却サービスに限り通常必要と認められる手数料を取ることが認められた。金融庁はこれを、定期売却サービスの普及に取り組む金融機関のシステム負担への配慮だと説明している。入口を広げる話ばかりだった制度が、取り崩す側の設計に触れた最初の一手である。
枠の管理そのものも、今年から少し楽になる。前掲Q&A第8問の注記によれば、非課税保有額は複数の金融機関でNISA口座を開いていても国税庁が名寄せして算出し、その年に買付けができるNISA口座のある金融機関へ、所轄税務署から通知される。この通知が始まるのは2026年からとされている。自分の記憶と手元のメモだけで枠を数える時代は、そろそろ終わる。
次の一手をひとつだけ挙げるなら、「1,800万円を何年で埋めるか」ではなく「毎年いくらなら5年続けても生活が痛まないか」を先に数字にしてみることだ。年360万円を出せる家計なら5年で終わる。出せないなら、それは失敗ではなく、制度が想定している普通の速さである。なお、ここに書いたのは2026年7月時点で確認できた制度の形と公表数値であって、個別の投資判断や税務の取り扱いを示すものではない。制度は毎年の改正で動くので、実際に動く前には取引先の金融機関や所轄の税務署、税理士に確かめてほしい。
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