税務調査は「特徴」ではなく「情報」で選ばれる ― 国税庁の公表資料から読み直す

税務調査は「特徴」ではなく「情報」で選ばれる国税庁の公表資料から読み直す
税務調査は「特徴」ではなく「情報」で選ばれる ― 国税庁の公表資料から読み直す

税務調査の対象は、どうやって選ばれているのか。多くの人がまず思い浮かべるのは、羽振りのよさだろう。高級車を買った、家を建てた、付き合いが派手になった――そういう「目立つ特徴」を税務署が見つけて目をつける、という像である。私もどこかでそう考えていた。だが国税庁が毎年公表している調査の状況報告を取り寄せ、令和611月公表分まで遡って読み直すと、そこに書かれていたのは「特徴」の話ではなかった。最初から最後まで、一貫して「情報」の話だった。

1. 国税庁は調査対象を「資料情報の分析」で選ぶと公表している

国税庁は調査対象を「資料情報の分析」で選ぶと公表している

国税庁「令和5事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」(令和611月公表)は、その冒頭で調査の基本方針を述べている。要約すれば、あらゆる機会を通じて資料情報を収集し、それを様々な角度から分析して、不正に税の負担を逃れようとする納税者に厳正な調査を実施する、ということだ。ここで主語に置かれているのは、納税者の暮らしぶりではない。「資料情報」と「分析」である。

つまり選定の起点は、外から見える派手さではなく、税務署の手元に集まってくる情報と、申告された数字との照らし合わせにある。派手に見えるかどうかは、選定のロジックにそもそも入っていない。入っているのは、情報が食い違っているかどうか、その一点だ。

2. 実地調査4.8万件の外側に、60万件の「簡易な接触」がある

実地調査4.8万件の外側に、60万件の「簡易な接触」がある

同じ資料によれば、令和5事務年度に職員が自宅や事務所へ出向く実地調査は、所得税で47,528件にとどまる。一方、文書や電話、来署依頼による面接といった「簡易な接触」まで含めると、接触の総数は605,077件に及ぶ。申告漏れ所得金額の総額は9,964億円、追徴税額は1,398億円で、この資料は両方を過去最高と明記している。

注目すべきは、この60万件という規模である。職員が一人ずつ目星をつけて訪ね歩ける件数ではない。資料情報を機械的に突き合わせ、ズレのある申告を抽出して、まず手紙や電話で当たる――そういう運用でなければ届かない数字だ。同庁はこの選定にAIを活用したと同資料で説明しており、人の勘より先に、情報の照合で調査先が動いていることがうかがえる。

3. 100万円を超える海外送金は、申告しなくても税務署に届いている

100万円を超える海外送金は、申告しなくても税務署に届いている

情報がどこから集まるのか、具体例を一つだけ見ておきたい。海外送金である。「内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律」(平成9年法律第110号)に基づき、銀行などの金融機関は100万円を超える国外送金・受金について「国外送金等調書」を税務署へ提出する義務を負う。この基準は、制度導入時の200万円超から、平成214月に100万円超へ引き下げられた。

送金した本人が何も申告しなくても、送った事実・金額・相手国は税務署に届く。ここで効いているのは送金者の見た目や属性ではない。届いた調書と、申告された所得や財産とが整合するか、という照合点だ。情報のほうが、本人より先に着いている。

3-1. 5,000万円超の国外財産は、自分の手で調書を出す義務がある

さらに、その年の1231日時点で価額の合計が5,000万円を超える国外財産を持つ居住者には、「国外財産調書」の提出義務がある(国税庁「国外財産調書制度(FAQ)」令和54月)。送金は金融機関が、保有は本人が報告する。同じ財産が、経路を変えて二重に税務署へ流れ込む設計になっている。

4. KSKが突き合わせるのは「暮らしぶり」ではなく「数字のズレ」

KSKが突き合わせるのは「暮らしぶり」ではなく「数字のズレ」

集まった情報を蓄積し、申告と照合しているのが、国税庁が運用する国税総合管理システム(通称KSK)である。全国の国税局と税務署をネットワークでつなぎ、申告・納税の記録を長期にわたって一元的に管理する仕組みで、平成7年(1995年)1月に試行を始め、平成13年(2001年)11月に全国の税務署への導入を完了したと国税庁の資料は記している。過去の申告データと、外部から集まる資料情報を名寄せし、整合しない申告を浮かび上がらせる役割を担う。

このシステムが見ているのは、家の大きさでも車種でもない。同じ人について集まった複数の数字が、互いに合っているかどうかである。派手でも数字が合っていれば素通りし、地味でも数字が食い違えば残る。選別の軸は、属性ではなく整合性のほうにある。

5. 富裕層調査の1件あたり707万円が示す、選定の本当の基準

富裕層調査の1件あたり707万円が示す、選定の本当の基準

もちろん、資産規模の大きい層に調査が集中しやすいのは事実だ。同資料では、有価証券や不動産の大口所有者、所得が特に高額な「富裕層」、海外投資を行う個人への調査に重点を置くとされ、富裕層への調査1件あたりの追徴税額は707万円――所得税の実地調査(特別・一般)全体の275万円の2.6倍に上る。譲渡所得の調査では非違割合が約80%1件あたりの申告漏れは874万円だった。

ここでも、選ばれているのは「資産が多いこと」そのものではないと読める。資産が多い人ほど、所得・送金・保有にまつわる情報量が多く、申告との照合点も増える。照合点が増えれば、ズレも見つかりやすくなる。富裕層が選ばれやすいのは目立つからではなく、突き合わせる情報が多いからだ――そう読むほうが、資料の数字とよく合う。

6. 派手さを消しても、情報の整合性は消せない

派手さを消しても、情報の整合性は消せない

こう整理していくと、「目立たないようにする」という発想が、対策としてほとんど意味を持たないことがわかる。生活を地味にしても、100万円超の海外送金があれば調書は出るし、5,000万円超の国外財産があれば調書は出る。KSKに蓄積された過去の申告も消えない。隠せるのは見た目だけで、情報は隠せない。

逆に言えば、守りの軸は一つしかない。手元に集まる情報と、自分の申告とを、最初から食い違わせないことだ。なお、ここで挙げた件数や金額は令和5事務年度(令和611月公表)時点のものであり、国外送金等調書の100万円超や国外財産調書の5,000万円超といった基準額も、その後の法改正で変わりうる。本稿は公表資料を読み解いた一般的な整理であって、個別の税額や申告の要否は事情によって異なる。迷うところは、最新の基準を確かめたうえで、所轄の税務署か税理士に確認しておくのが、結局いちばん堅い守りになる。

国税庁の資料を閉じて、もう一度最初のページに戻ってみる。そこに「特徴」という言葉は、一度も出てこない。出てくるのは「資料情報」「分析」「照合」だ。狙われるかどうかを、私たちはつい暮らしぶりの問題として考えてしまう。だが資料が語っていたのは、ずっと手前にある、数字が合っているかどうかという問題だった。

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