「夫源病」という言葉に出会う前と後 ― 50代の不調と、医療と公的窓口のあいだで

「夫源病」という言葉に出会う前と後

50代の不調と、医療と公的窓口のあいだで

「夫源病」という言葉に出会う前と後

朝、夫が出張で家を出た日に限って、ふっと頭痛が引く。胸のあたりがざわつかない。夕方になっても、いつものめまいが来ない。そんな日が何度かあって、それでもあなたは、たぶん深くは考えなかったのではないでしょうか。たまたま体調がよかった、くらいに思って。

不調そのものは、ずっと前からありました。耳鳴り、動悸、寝つけない夜。検査を受けても「異常なし」「年齢的なものですね」と言われ、薬をもらって帰る。原因の名前は、最後までつかないままです。

その不調に呼び名があると知ったとき、楽になる人と、かえって落ち着かなくなる人がいます。この記事では、その呼び名「夫源病」をめぐって、医療にできることと、その手前にある公的な窓口にできることを、出どころのはっきりした情報だけを頼りに、できるだけ正確に分けて書きます。どちらもあなたを「治す」とは限らない、という話も含めて。なお、ここに記すのは一般的な情報で、あなた自身の不調についての診断に代わるものではありません。気になる症状があるなら、まずは医療機関で診てもらうことを先に置いてください。

1. 検査では「異常なし」と言われたのに、不調が続くとき

検査では「異常なし」と言われたのに、不調が続くと

更年期にさしかかると、女性ホルモンの分泌が減り、それまで心身を守っていた緩衝材が薄くなります。同じ量のストレスでも、こたえ方が変わる。頭痛、めまい、動悸、不眠、気分の落ち込み――こうした症状は、更年期障害として説明されることの多いものです。

ここに、見落とされやすいことが一つあります。同じ症状でも、原因がホルモンの変化なのか、特定の人や状況へのストレスなのかで、効く対処がまったく違うことです。更年期障害そのものは、婦人科や更年期外来でホルモン補充療法や漢方などの治療ができます。けれど原因がストレスの側にあると、その治療だけでは症状が引かないことがある――こう指摘しているのが、次に出てくる「夫源病」という言葉の名づけ親、循環器内科医の石蔵文信医師です(石蔵文信『いつまでたっても更年期が終わらない…… 奥さん、それは「夫源病」ですね。』静山社・2013年)。

「異常なし」という診断は、多くの場合、嘘ではありません。臓器に病気が見つからない、という意味では正確です。ただ、それは「つらさが気のせい」という意味では、まったくありません。検査の網にかからない不調がある、というだけのことです。

2. 「夫源病」は診断名ではないそれでも、名づけが効くことがある

「夫源病」は診断名ではない ― それでも、名づけが効くことがある

「夫源病(ふげんびょう)」という言葉は、石蔵医師が男性更年期外来で中高年の患者を診るなかで気づき、名づけたものです。夫の言動や存在そのものがストレスとなって、妻の心身に不調が表れることを指します。2013年の前掲書などをきっかけに広まりました。

ここで、はっきりさせておきたいことがあります。夫源病は、医学的な正式の病名ではありません。健康診断の結果票にも、診断書にも、この名前は載りません。あくまで、ある状態を言い当てるためにつくられた呼び名です。

では、診断名でないものに意味はあるのか。あります。長いあいだ「気のせい」「わがまま」「年のせい」として片づけられてきたものに、名前がつく。名前がつくと、それは「私だけの異常」ではなく「説明のつく状態」に変わり、自分を責める材料が一つ減ります。名づけが効く、とはそういう意味です。ただし、名前がついても夫が原因だと確定するわけではありません。確定に近づけていくのは、このあと書く医療や相談の役割です。

3. 夫が出張の日に症状が消えるならそれは何科の話なのか

夫が出張の日に症状が消えるなら ― それは何科の話なのか

夫源病という見立てが当てはまるかには、わかりやすい手がかりがあるとされています。夫の言動で症状が重くなり、夫が不在のときには症状が出ない――そういうパターンです(石蔵医師の解説による)。冒頭の「家を出た日に頭痛が引く」感覚は、ちょうどこれに当たります。

とはいえ、これを自分ひとりで判断しきるのは難しいので、まずは体の側を診てもらうのが順番です。動悸や血圧、めまいといった身体の症状が前に立つなら内科や婦人科・更年期外来、気分の落ち込みや不眠、不安が強いなら心療内科や精神科が入口になります。更年期障害がはっきりしていれば、その治療で楽になる部分はたしかにあります。

問題は、その先です。検査でも治療でも、医師は「夫」を取り除くことはできません。高血圧症、自律神経失調症、うつ病などと診断されて治療を受けても症状が改善しないなら、背景にストレス源が残っている可能性がある――石蔵医師はそう指摘しています。医療は症状をやわらげ、別の病気を見分けることはできても、暮らしの中にある原因そのものまでは外せない。ここが医療の限界であり、同時に、次の窓口が必要になる理由でもあります。

4. 医療が「原因」までは外せないとき、公的窓口にできること

医療が「原因」までは外せないとき、公的窓口にできること

原因が暮らしや人間関係の側にあるとき、医療の隣に、公的な相談の窓口があります。あまり知られていませんが、20244月、女性の相談体制を組み替える法律が施行されました。「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(女性支援新法)です。これにより、各都道府県の婦人相談所は「女性相談支援センター」へ名称と役割を改められ、相談・一時保護のほか、役所の手続きへの同行や専門家へのつなぎ役を担うことになりました(厚生労働省/20244月施行)。支援の対象は、年齢・障害の有無・国籍を問わないと明記されています。

電話の入口としては、厚生労働省の「こころの健康相談統一ダイヤル」(0570-064-556)があります。全国共通の番号で、かけた地域の公的な相談機関につながる仕組みです(厚生労働省/20266月時点で番号を確認)。受付の曜日・時間は都道府県によって異なり、おおむね平日の日中に限られること、通話料が自己負担のナビダイヤルであることだけ、先に知っておくと戸惑いません。

ただ、ここでも正直に書いておきます。これらの窓口は、話を聞き、情報を整理し、次の機関につなぐことはしますが、夫婦関係そのものを片づけてくれるわけではありません。原因を取り除くかどうかは、結局あなた自身の選択に残ります。窓口は、その選択を一人で抱えこまないための場所だと考えると、距離感を見誤らずにすみます。

5. 我慢が「ふつう」になっている人へ線を引くのはわがままではない

我慢が「ふつう」になっている人へ ― 線を引くのはわがままではない

最後に、線を一本だけ引いておきます。夫源病として語られるものの多くは、言動へのストレスがゆっくり積み重なった状態です。けれど、もし夫から身体的な暴力がある、怒鳴られて怖い、お金や行動を細かく支配されている――そういう段階なら、それは「我慢で乗り切る」話ではありません。女性相談支援センターは配偶者からの暴力の相談支援センターも兼ねていますから、その線を越えていると感じたら、迷わずそちらに当たってください(厚生労働省/女性支援新法・20244月施行)。

夫源病に話を戻すと、ストレスをため込みやすいのは、我慢強くて弱音を吐かない人、感情を表に出すのが苦手な人、世間体を気にする人だと言われています(石蔵医師の解説による)。思い当たるなら、覚えておいてほしいことがあります。助けを求めるのは、わがままではありません。原因に名前をつけ、しかるべき場所に相談することは、関係を壊す行為ではなく、関係を見直すための最初の足場です。

朝、夫が家を出た日にだけ頭痛が引く――その感覚に覚えがあるなら、それはあなたの体が、ずいぶん前から送っていた信号なのかもしれません。検査の「異常なし」の紙には書かれない信号です。受け取る相手は、まず体を診てくれる医療、それでも原因が残るなら、こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)や、お住まいの地域の女性相談支援センター。どこから始めても、間違いではありません。

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