親の認知症がわかってからの1か月 ― 先に動かす手続きと、急がなくてよいこと
親の認知症がわかってからの1か月 ― 先に動かす手続きと、急がなくてよいこと
受診・要介護認定・お金・後見。順番を確かめるための覚え書き(2026年6月時点)
親が認知症と診断されると、家族の気持ちはまず医療のほうへ向きます。次はどの病院にかかるか、もっと詳しい検査を受けさせるべきか。その感覚は間違っていません。ただ、最初の一か月で本当に時間を左右するのは、医療よりも事務の段取りのほうです。介護保険のサービスが間に合うかどうかを決める時計は、診断の瞬間ではなく、こちらが役所に何かを申請した日から動き出すからです。
国の研究班の推計では、2040年に65歳以上の認知症の人は約584万人、おおよそ7人に1人にのぼると見込まれています。判断能力の低下が始まる手前の軽度認知障害(MCI)まで含めると約1,200万人、高齢者の約3.3人に1人に達します(厚生労働省「認知症施策推進基本計画」令和6年12月3日閣議決定、研究代表者・九州大学二宮利治教授の研究班による推計)。けっして珍しい出来事ではありません。だからこそ、診断の直後にあわてないための段取りを、先に並べておきたいと思います。
以下は2026年6月の時点で、厚生労働省・法務省・裁判所・全国銀行協会の公開資料に当たって確認した範囲をまとめたものです。あくまで一般的な情報で、個別の法律・税務・医療の判断に代わるものではありません。制度の細部や金額、窓口の対応は地域や時期で変わります。最終的には、親が住む市区町村や、取引のある金融機関で確かめてください。診断や治療そのものは、当然ながら医師の領分です。
1. 最初の一本の電話を、病院ではなく地域包括支援センターにかける
診断が出たあと、家族が最初にかける一本の電話としていちばん役に立つのは、病院でも市役所の代表番号でもなく、地域包括支援センターです。介護保険法第115条の46に基づいて市町村が設置している、高齢者とその家族のための総合相談窓口で、相談は無料です(厚生労働省「地域包括支援センターについて」)。
このセンターには保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員が配置され、介護保険の申請手続きから、認知症の本人への接し方、お金や権利を守る成年後見の利用支援まで、入り口を一手に引き受けてくれます。要介護認定の申請を本人や家族に代わって行う代理申請にも応じます(厚生労働省「地域包括支援センターについて」)。つまり、これから挙げる手続きのほとんどは、まずここに相談すれば道筋がつきます。
ひとつ注意があります。利用できるのは、本人が住んでいる地域の担当センターに限られます。離れて暮らす親のことを相談したいときは、親の住所地の自治体のホームページで担当センターを調べるか、役所に電話して親の住所を伝え、担当を教えてもらってください。事前に電話で用件を伝えておくと、当日いちばん適した職員が対応してくれます。
2. 要介護認定の30日 ―「申請した日」にさかのぼって使えるという仕組み
介護保険のサービスを使うには、市区町村に要介護認定を申請し、要支援・要介護の状態であると認定される必要があります。この結果は、介護保険法第27条第11項により、原則として申請のあった日から30日以内に通知されます(厚生労働省「要介護認定に係る法令」)。
ここで覚えておきたいのは、認定されればサービスを使えるのは申請日にさかのぼる、という点です。30日待っている間はまったく使えない、というわけではなく、認定が下りれば申請日まで戻って給付の対象になります(厚生労働省「サービス利用までの流れ」、社会保障審議会介護保険部会・令和6年12月資料)。だから、診断が確定する前であっても、生活に支障が出ているなら早めに申請してしまったほうがよい。これが「急ぐべき手続き」の筆頭です。
流れはこうです。市区町村の窓口で申請する、市町村の調査員が自宅などを訪ねて約30分から1時間の認定調査を行う、市町村が主治医に意見書を求める、その二つをもとにコンピュータの一次判定と介護認定審査会の二次判定を経て、要介護度が決まる。区分は、非該当(自立)・要支援1〜2・要介護1〜5の8段階です(厚生労働省「要介護認定に係る法令」)。
なお、原則は30日以内ですが、申請が混み合う時期や主治医意見書の作成に時間がかかると、実際にはもっと延びます。2022年度下半期は全国平均で約40日という集計もあります(社会保障審議会介護保険部会・令和6年12月資料)。間に合わないと困る予定があるなら、その分も見込んで動いてください。新規の認定の有効期間は原則6か月です(厚生労働省「要介護認定に係る法令」)。
3. 主治医意見書という関所 ― かかりつけ医がいないと、ここで止まる
前の段で「市町村が主治医に意見書を求める」と書きました。ここに、見落とされがちな関所があります。意見書を書くのは主治医、つまり本人を診ている医師です。長く受診していない、そもそもかかりつけ医がいない、という状態だと、意見書が書けなかったり、いまの状態が正しく反映されなかったりします(複数の市区町村による要介護認定の申請案内)。
だから、医療の段取りも事務の段取りと切り離せません。物忘れの相談先がない場合は、まずかかりつけ医に相談する。地域包括支援センターも、かかりつけ医への受診を勧めたり、必要に応じて認知症の専門医を紹介したりしてくれます。診断のための受診は、同時に「意見書を書いてもらえる医師を確保する」という事務上の意味も持っています。
意見書そのものの費用は本人負担になりませんが、意見書を書くための診察費はかかります(複数の市区町村による案内)。受診のついでに済むので、ここは大きな出費ではありません。
4. 預金は「即凍結」でも「家族なら自由」でもない ― 全国銀行協会の2021年の整理
お金の話で、両極端の誤解が広まっています。認知症になったら口座が即座に凍結される、という思い込みと、家族なら本人のお金を自由に下ろせる、という思い込み。どちらも正確ではありません。
預金はあくまで本人の資産で、払い戻しには本人の意思確認が必要です。銀行が本人の判断能力の低下を知れば、保護のために取引を制限することがあります。一方で、2021年2月18日に全国銀行協会が「金融取引の代理等に関する考え方」を公表し、本人の医療費・介護費・生活費など、本人の利益に適合することが明らかな支出に限っては、診断書の提出や複数の行員による面談などを経て、代理権のない親族からの払い戻しに応じることも考えられる、という整理を示しました(一般社団法人全国銀行協会、令和3年2月18日公表)。
ただし、この考え方は会員各行の参考としてまとめられたもので、すべての銀行に一律の対応を求めるものではありません。銀行ごとに対応は異なり得ます(同公表資料の注記)。投資信託など値動きのある金融商品の解約は、いったん解約すると元に戻しにくいため、より慎重な対応が求められます(同資料)。そして、後で述べる成年後見人が選任された後は、後見人以外の親族からの払い戻しには応じず、後見人を通すのが基本になります(同資料)。
この一か月でやっておくべきは、全額を確保することではなく、当面の支払いがどの口座から出ているかを把握することです。年金が振り込まれる口座、固定費が引き落とされる口座、月々おおよそいくら出ていくか。これを家族が把握していないと、いざ制限がかかったときに動けません。キャッシュカードの暗証番号がわかればATMで引き出せますが、一度に多額は下ろせず、これも当座しのぎにすぎません。
5. 成年後見だけは、この1か月で急いで決めない
ここまでは、早く動くほどよい手続きでした。成年後見制度は、性質が違います。むしろ、この一か月のうちに勢いで申し立てないほうがよい。理由は、後戻りができないからです。
成年後見制度には、判断能力が低下したあとに家庭裁判所が支援者を選ぶ法定後見と、判断能力があるうちに本人が契約しておく任意後見があります。法定後見は、本人の判断能力の程度に応じて後見・保佐・補助の3類型に分かれ、申し立て先は本人の住所地を管轄する家庭裁判所です。申し立てには医師の診断書が必要で、審判まではおおむね1〜2か月程度かかるとされます(法務省「成年後見制度・成年後見登記制度Q&A」、裁判所「成年後見制度の概要」)。
重い点が二つあります。ひとつは、いったん後見が始まると、申し立てのきっかけになった用事、たとえば預金の解約や遺産分割が片づいた後も、本人の判断能力が回復するか本人が亡くなるまで、制度は続くということです。家族の都合や本人の希望で途中でやめることはできません(裁判所「成年後見制度の概要」)。もうひとつは、後見人を選ぶのは家庭裁判所で、親族が候補に挙がっても、その希望に拘束されないということです。財産の規模や事情によっては、弁護士や司法書士などの専門職が選ばれ、報酬は本人の財産から支払われます(法務省・裁判所の説明)。
すでに認知症が進んで判断能力を失っている場合、自分で後見人を選べる任意後見はもう選べず、法定後見しか道がありません。だからこそ、最初の一か月は申し立てる・申し立てないを決める時期ではなく、わが家にとって後見がいま本当に要るのかを見きわめる時期です。本人名義の不動産を売る必要がある、相続が起きて遺産分割をしなければならない、といった具体的な必要がないなら、急いで動く理由は乏しい。逆に、そうした事情があるなら、地域包括支援センターや家庭裁判所に早めに相談する。判断が分かれるところなので、ここは家族だけで抱え込まず、専門家に当たってください。
6. そろえる書類と、控えておく数字
頭の整理として、この一か月で手元にそろえておきたいものを並べておきます。まず、要介護認定の申請に使う、介護保険の被保険者証(65歳以上なら手元にあるはずです)と、本人のマイナンバーカードまたは通知カード。次に、診察券と、主治医の名前・医療機関名です。申請書には主治医の情報を書く欄があり、ここが意見書の依頼先になります(複数の市区町村の申請案内)。お金まわりでは、本人の通帳の保管場所、年金の振込口座、固定費の引き落とし口座を確かめておく。前の段で触れたとおり、出入りの把握が後で効きます。窓口の手続きで印鑑を求められることもあります。
加えて、認定調査の日には、できれば家族が同席してください。本人は調査員を前にすると「できます」と答えてしまいがちで、ふだんの様子とずれることがあります。困っている場面を具体的にメモして渡すと、調査と意見書に反映されやすくなります(複数の市区町村の案内)。月々の生活費・医療費・これからかかりそうな介護費を、正確な家計簿でなくていいので一度ざっくり書き出しておくと、制限がかかったときに何から手当てするかの順番が決まります。
7. 紙の手続きより、ずっと答えの出ない問い
ここまで挙げた手続きは、数こそ多いものの、輪郭ははっきりしています。電話をかける先があり、申請する窓口があり、期限の目安があり、迷えば相談できる専門家がいます。紙の手続きには、いつか終わりが来ます。
終わりが来ないのは、別の問いのほうです。親はどこまで自分で決めたいのか、どこから手を貸すべきなのか。財布を預かるのと、見守るのとの境目はどこか。介護を担う一人に、負担が偏っていないか。これらに制度は答えを出してくれません。被保険者証や診断書をそろえる手つきの裏で、家族はずっとこの問いと暮らしていくことになります。最初の一か月でいちばん難しいのは、たぶん書類ではありません。あなたの親にとって、その境目は、どのあたりにありそうでしょうか。
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