性欲が消えない40代男性のリアル ― 健やかに向き合うために
性欲が消えない40代男性のリアル
健やかに向き合うために
1. 男性ホルモンは「枯れる」のではなく、十年で一段ずつ傾く
四十を過ぎたある朝、自分の中にまだ性欲が残っていることに、かすかな戸惑いを覚えたとして――それは、どう受け取ればいいものなのだろう。世間の語り口は、年を取れば枯れていくものだ、という前提でできている。その前提に照らすと、消えない欲は、どこか時代遅れの、気恥ずかしい何かのように見えてくる。だが、その気恥ずかしさには、本当に根拠があるのか。
数字のほうを先に見ておきたい。岩本晃明らが日本泌尿器科学会誌(95巻751-760・2004年)に報告した日本人男性の調査では、血清の総テストステロンは加齢の影響が弱く、ほぼ横ばいに近い。一方で遊離テストステロンのほうは、二十代を境に、十年ごとにおよそ1.6pg/mL――率にして約9.2%ずつ、静かに下がっていく。急な崖ではない。なだらかな下り坂を、一段ずつ降りていくような減り方だ。
つまり四十代の男は、枯れ果てた地点に立っているわけではない。統計が描く長い下り坂の、まだ途中にいる。米国ボルチモアの縦断調査では、テストステロンが325ng/dL以下に下がる男性の割合は、六十代で二割、七十代で三割、八十代で五割と報告されている(公益財団法人長寿科学振興財団・健康長寿ネットの解説による)。裏を返せば、四十代・五十代の段階では、まだ多くの男にホルモンが十分に残っている。欲が消えないのは、たぶん、その残量が表に出ているだけのことだ。
2. 医学が病名をつけるのは「欲が在ること」ではなく「急に引くこと」
ここで、ひとつのねじれに気づく。多くの男が密かに気にしているのは「まだ欲が消えない」ことなのに、医学が病気として線を引くのは、ちょうど反対側――「欲や活力が急に引いていく」ことのほうなのだ。
加齢男性性腺機能低下症候群、いわゆるLOH症候群(男性更年期障害)について、診療の手引きが挙げる症状を並べてみる。性欲(リビドー)の低下、勃起の障害、早朝勃起の減少といった性腺機能の不調。倦怠感、気力の低下、抑うつ傾向、集中力や記憶力の低下といった精神症状。そして筋力の低下や体脂肪の増加といった身体症状。日本泌尿器科学会・日本Men’s Health医学会の「LOH症候群診療の手引き2022」が三つの柱として整理するこれらは、どれも、欲や力が「在る」側ではなく、「引いていく」側の変化である。
だとすれば、消えない欲は、見つめ直すと、体のどこかがまだ働いている合図でもある。少なくとも医学の側から、それを丸ごと恥じる理由は出てこない。問うべきは、欲が在ることではなく、欲が動いたことのほうかもしれない。半年前、一年前と比べて、自分の活力や関心が、目に見えて引いていないか。残っているかどうかより、変わったかどうか。立ち止まる値打ちがあるのは、そちらの問いのほうだ。
3. その不調は本当に年齢のせいか ― うつ・甲状腺・糖尿病という影
仮に、確かに引いてきたとして、それを「もう年だから」の一語で片づけてよいかというと、そうとも限らない。同じ「LOH症候群診療の手引き2022」は、よく似た症状――疲労感、気力の低下、性機能の不調――が、うつ病、甲状腺機能の低下、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群といった別の病気でも現れることに、はっきりと注意を促している。
「年のせい」という説明は、ときに、その裏に隠れた別の入口を覆ってしまう。たとえば腹に内臓脂肪がついてくると、テストステロンと結びつくたんぱく質(性ホルモン結合グロブリン)の量が動き、ホルモンの値そのものが揺さぶられる。夜、息が浅く何度も眠りが途切れていれば、それだけで日中の気力は削られる。気分が長く沈んでいるなら、それはうつのほうの問題かもしれない。どれも、年齢とは別の扉を持つ不調だ。
「年だから仕方ない」は、あきらめの言葉であると同時に、調べることをやめる言葉にもなる。引いてきた活力の奥に、年齢ではなく手当てのできる病気が隠れていることは、決して珍しくない。治せるものを年齢のせいにして見送ってしまうのは、いちばんもったいない取り違えだろう。
4. 測れる数値は健診には出ない ― 頼むのは午前の採血
では、気になったとき、何を手がかりにできるのか。一つは、症状を点数にするAMSスコア(Aging Males’ Symptoms)という問診票だ。精神・身体・性機能にわたる十七項目を五段階で答え、合計点で重さを分ける。一般に二十六点以下は正常、二十七〜三十六点が軽度、三十七〜四十九点が中等度、五十点以上が重症とされる(順天堂大学医学部附属順天堂医院泌尿器科の解説による)。ただしこの問診票は、症状をすくい上げる感度は高い反面、ほかの病気と取り違えやすい。あくまで入口の目安にすぎない。
もう一つが血液検査だ。手引きは2022年の改訂で、主な診断の物差しを遊離テストステロンから総テストステロンへ移した。総テストステロンが250ng/dL未満であれば低値とみなし、総テストステロンが保たれていても遊離テストステロンが7.5pg/mL未満なら、補助的な手がかりとして低値と判断する(7.5〜8.5pg/mLはグレーゾーンとされる)。どちらも一つの数値で決めつけず、症状と合わせて総合的に見るのが手引きの姿勢だ。テストステロンは朝に高く夜に下がる日内リズムを持つため、採血は午前のうち、空腹で受けるのが望ましいとされる。
ここで知っておきたいのは、この数値が、ふだんの職場健診や人間ドックではまず測られない、ということだ。気になるなら、泌尿器科や、男性更年期外来・メンズヘルス外来をかかげる医療機関で、自分から頼む必要がある。なお、ここに挙げた基準や分類は2026年6月時点で確認した手引きのもので、改訂で動きうるし、数値には大きな個人差がある。点数や検査値は、自分ひとりで診断を下すための道具ではなく、医師と話を始めるための材料だと考えておくほうがいい。
5. 残った欲と、どう同居するか ― 体を整えること、欲と行動を分けること
残った欲を、無理に追い払う必要はない。むしろ、それを支えている体のほうを整える、という向き合い方がある。男性ホルモンが低い人ほど、肥満・糖尿病・メタボリックシンドロームを抱えやすいことは、日本内分泌学会も一般向けの解説で認めている。逆向きの手当ても知られていて、運動はテストステロンの分泌を後押しし(順天堂大学教授で、日本で初めて男性専門のメンズヘルス外来を開いた堀江重郎氏らの解説による)、このホルモンは深い眠りのあいだに多く出る。腹をへこませること、体を動かすこと、きちんと眠ること――どれも平凡に見えて、男性ホルモンを下から支える手当てとしては、ちゃんと理にかなっている。
そのうえで、もう一つ、分けて考えておきたいことがある。欲が在ることと、その欲をどう振る舞いに移すかは、別の話だ、ということだ。欲そのものは、体がまだ働いている健康のしるしであって、責められるものではない。けれど、それを誰に向けて、どんな形で扱うかは、ホルモンが決めることではなく、自分が選ぶことだ。この二つを混同すると、欲を抱いたこと自体に罪を見たり、逆に欲を言い訳にして選択を手放したりする。健やかに向き合うとは、たぶん、その線を自分の手で引き直し続けることに近い。
もし、欲や活力が以前よりはっきり引いてきて、そこに倦怠感や気分の落ち込みが重なっているなら、できる一手はひとつだ。午前のうちに、泌尿器科かメンズヘルス外来で総テストステロンや遊離テストステロンを測ってもらえばいい。それで「年のせい」が晴れることもあれば、治せる病気が見つかることもある。なお、ここに記したのは公開された診療の手引きや学会・公的機関の解説をもとにした一般的な健康情報であって、個々の体に対する診断や治療の指示ではない。自分の数値や症状をどう読むかは、必ず医師と確かめてほしい。消えない欲を恥じるより、変わった活力を確かめにいく。冒頭の下り坂をもう一度思い出すなら――四十代の自分は、まだその坂の途中に立っている。途中にいるあいだに、できることのほうが、たぶん、ずっと多い。
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