「死後離婚」という呼び名を疑う ― 姻族関係終了届が断つもの、断たないもの
死後離婚という呼び名を疑う
― 姻族関係終了届が断つもの、断たないもの―
「死後離婚」という言葉と、「姻族関係終了届」という言葉。同じ手続きを指すことになっているのに、並べてみると手触りがまるで違う。前者は新聞や週刊誌が好んで使い、後者は市区町村の戸籍窓口に静かに置かれている。最初に引っかかったのは、死後に離婚するという言い回しそのものだった。離婚は、生きている二人のあいだでしか成り立たない手続きのはずだ。すでに片方が亡くなっているのに、いったい誰と離婚するのか。この一点をほどいていくと、世間がこの届出に貼った「死後離婚」という札が、いくつもの誤解を運んでいることが見えてくる。
1. 「死後離婚」は、誰とも離婚していない
配偶者が亡くなった時点で、婚姻はもう終わっている。死別は、離婚届を出すまでもなく婚姻関係そのものを解く。だから、夫を亡くした妻が後から何かの届出を出したところで、すでに存在しない婚姻をもう一度切ることはできない。では、その届出は何を切っているのか。切られるのは、亡くなった配偶者との関係ではない。その配偶者の血族――義父母や義理のきょうだいとの関係である。これを姻族という。結婚によって生まれ、血のつながりのない者同士を親族として結びつけてきた糸だ。法律に「死後離婚」という名の手続きはどこにもない。あるのは、その姻族との糸をほどくための一枚の届出、姻族関係終了届だけである。
この届出は、もう珍しいものではない。法務省の戸籍統計(種類別 届出事件数)で年度ごとの件数をたどると、一九九〇年代後半から二〇一一年度あたりまでは、年間千六百件から二千件弱のあいだで横ばいだった。それが二〇一二年度に二千件を超え、二〇一五年度に二千七百件台へ伸び、二〇一六年度には四千三十二件と一気に跳ね上がる。翌二〇一七年度の四千八百九十五件がいまのところの山で、その後は四千件台から三千件台へ落ち着き、二〇二二年度は三千六十五件だった。年度ごとの上下はあるが、十年前のほぼ倍の水準で定着した、という事実は動かない。介護、墓守、法事、義実家との確執――増加の理由として挙げられるものは、どれも「亡くなった人」ではなく「残された人々」をめぐっている。ここにも、この届出が婚姻ではなく姻族へ向けられている事実が透けて見える。
2. 一枚の届出が断つのは、姻族であって婚姻ではない
根拠となるのは民法七二八条二項である。条文はこう定める。夫婦の一方が死亡した場合に、生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときも、前項と同様とする、と。前項とは、離婚によって姻族関係が終わることを指す。つまり、離婚で切れるのと同じ縁が、死別後は本人の意思表示ひとつで切れる、ということだ。手続きの中身は戸籍法九六条が受け持っていて、亡くなった配偶者の氏名・本籍・死亡の年月日を届書に書いて出せば足りる。
この届出には、際立った特徴がいくつかある。まず、出せるのは生き残った配偶者ただ一人だということ。義父母の側から「あの嫁との縁を切りたい」と終わらせることはできない。次に、相手方の同意も家庭裁判所の許可も要らないこと。義実家に知らせる必要も、承諾を取る必要もない。そして、提出に期限がないこと。配偶者の死の直後でも、十年後でも、思い立ったときに出せる。誰の許しも要らず、いつでも、本人の意思だけで完結する――この設計が、ほかの家族の手続きにはない静けさを、この一枚に与えている。では、その静かな届出は、具体的に何を断ち、何を断たないのか。ここから先が、世間の呼び名がいちばん取りこぼしている部分だ。
3. 断たれるのは、これから先に背負うはずだった義務
姻族関係が終われば、姻族であることに紐づいていた義務も外れる。まず思い浮かぶのは扶養だろう。民法八七七条二項は、家庭裁判所が特別の事情があると認めたときには、三親等内の親族にも扶養の義務を負わせることができると定めている。義父母はこの三親等内に入る。つまり、姻族でいるかぎり、義両親が困窮したときに扶養を命じられる可能性が、理屈の上では残り続ける。姻族関係終了届は、この「いつか背負わされるかもしれない芽」を摘む。直系血族や同居の親族のあいだに生じる扶け合いの義務(民法七三〇条)からも外れる。
もう一つ、見落とされがちなのが特別寄与料だ。民法一〇五〇条は、相続人でない親族が亡くなった人の療養看護などに特別の貢献をした場合に、相続人へ金銭を請求できる仕組みを用意している。義父の介護を一身に担ってきた嫁が、その義父の死後に請求し得るのが、これにあたる。ところが姻族関係を終わらせると、もはや親族ではなくなるため、この請求権も将来にわたって失われる。ここで気づくのは、断たれるものの多くが過去ではなく未来に属している、ということだ。届出が消すのは、すでに起きた何かではない。これから先に生じたかもしれない義務であり、同時に、これから先に手にし得たかもしれない権利でもある。縁を切るとは、そういう両刃の選択なのだろう。
4. すでに相続した財産も、これから受け取る遺族年金も、届出では揺らがない
では逆に、何が断たれないのか。ここがいちばん誤解される。届出を出したら、夫から相続した家や預金を返さなければならないのか。年金は止まるのか。答えは、どちらも変わらない、である。相続する権利は、配偶者という地位そのものから生まれたものだ。義実家との横のつながり――姻族関係――とは、別の系統にある。だから義父母との縁を切っても、亡き配偶者から受け継いだ財産が揺らぐことはない。
遺族年金も同じだ。日本年金機構が挙げる遺族年金の失権事由――受給権が消える条件――を並べてみると、本人の死亡、再婚(事実婚を含む)、直系血族・直系姻族以外の者の養子になること、亡くなった人と離縁すること、などが並ぶ。この一覧のどこにも、姻族関係の終了は入っていない。ここでいう「離縁」は養子縁組を解消することであって、姻族関係を終わらせることとは別物だ。受給はあくまで、亡くなった配偶者によって生計を維持されていたという事実に支えられている。再婚すれば年金は止まる。けれど、義実家との縁を切るだけでは止まらない。生活の柱はそのまま残り、煩わしい糸だけがほどける。経済の不安からためらう人がいるなら、ここは正確に知っておいたほうがいい。断たれるものと断たれないものは、はっきり分かれている。
5. 姓は元に戻らず、子と義祖父母の縁も切れない
姓についても、思い込みが多い。姻族関係終了届を出せば、結婚で名乗ってきた姓が自動的に旧姓へ戻る、と考える人がいる。そうではない。この届出を出しても戸籍は動かず、姓もそのまま残る。旧姓に戻したいなら、復氏届という別の手続き(民法七五一条)を踏まなければならない。縁を切ることと、名を戻すこと。世間ではひとまとめに語られがちなこの二つは、法律の上では連動しない別々のレバーなのだ。片方だけ引くこともできるし、両方引くこともできる。どちらを選ぶかは、その人が何を整理したいかによる。
そして、子のことを忘れてはならない。母が義実家との姻族関係を終わらせても、子と義祖父母とのあいだの血族関係は、何ひとつ変わらない。子にとって祖父母は祖父母のままで、相続する権利も、親族としての立場も残る。母の選択は、母と義実家のあいだの糸を切るだけで、子の血のつながりにまでは届かない。これは、縁を切る側にとって安心材料にもなれば、ためらいの種にもなる。自分は他人に戻れても、子はその家の孫であり続ける。届出を出す前に、この非対称をどう受け止めるか――そこは、法律ではなく、その家族にしか決められない領域だろう。
6. では、断ちたいのは関係なのか、それとも記憶なのか
こうして並べてみると、姻族関係終了届という一枚が断てるものは、思いのほか限られている。断てるのは、姻族という関係と、それに伴う将来の扶養や扶け合いの義務、そして特別寄与料という未来の請求権。断てないのは、すでに相続した財産、これから受け取る遺族年金、結婚で得た姓、そして子と義祖父母の血のつながり。この線引きを知らないまま「死後離婚」という強い言葉だけが先に立つと、出す必要のないものを出してしまったり、逆に、出せば解決すると思っていたことが解決しなかったりする。制度や数値は時とともに変わりうるから、実際に動くときは、市区町村の戸籍窓口や年金事務所、必要に応じて弁護士や司法書士に、最新の扱いを確かめてほしい。
最後に残るのは、おそらく法律の外側にある問いだ。義実家との確執を断ちたいのか。介護や法事の負担から逃れたいのか。それとも、断ちたいのは関係そのものではなく、亡くなった配偶者をめぐる感情のほうなのか。前の二つなら、この届出は確かに効く。けれど三つ目だけは、どんな書類を出しても切れない。役所の窓口で受理されるのは、姻族という制度上の糸だけで、心の中に残るものは、その対象ではないからだ。何を断ちたいのか。それを見極めることのほうが、届出用紙に判を押すことよりも、ずっと難しいのかもしれない。
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