義父母の介護を引き受けるか迷うあなたへ ― 法律は、嫁に何を求めているのか
義父母の介護を引き受けるか迷うあなたへ
法律は、嫁に何を求めているのか
「長男の嫁なんだから、あなたが看るのが当たり前でしょう」。義父母の介護をめぐって、こういう言葉を、親戚の口から、あるいは夫の口から、ときには自分自身の中の声として聞いたことのある人は、少なくないと思う。その「当たり前」は、たいてい義務の顔をしてやってくる。看るべきだ、看ないのは薄情だ、嫁の務めだ、と。
けれど、六法のどのページをめくっても、その「当たり前」を裏づける条文は見当たらない。正直なところ、ここは多くの人が抱いている感覚と、かなりずれている。結論から言ってしまえば、嫁が義父母を自ら介護しなければならないという法的な義務は、原則として存在しない。感情としてどう感じるかはひとまず脇に置いて、まずはこの一点を、条文に当てて順番に確かめていきたい。義務がどこにあって、どこにないのかが見えれば、迷いの中身も少し整理できるはずだ。
1. 「嫁だから介護」は、どこから来た思い込みか
そもそも、嫁が家の年寄りの面倒を看る、という形は、いつから「当たり前」になったのか。これは法律というより、制度の記憶の話だ。戦前の民法には「家制度」があり、戸主を中心に家の財産と祭祀を継ぐ仕組みがあった。長男が家を継ぎ、その妻が家の中の世話役を担う――そうした役割分担が、法と慣習の両方で支えられていた。だが、この家制度は戦後の民法改正で廃止されている。家の存続のために個人へ役割を割り当てる、という発想そのものが、現行の民法からは消えた。
現行の民法730条には、いまも「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない」という条文が残っているが、この条文をめぐっては、制定の経緯そのものに含みがある。戦後、旧法の「家」制度の存続を求める守旧派に対し、改革派が「家」制度の廃止と引き換えに妥協する形で設けた条文だと、改正の立案担当者の一人だった我妻栄の整理(『戦後における民法改正の経過』)に記されている。そして制定当初から、これに実質的な意味を持たせると封建的な家族制度への逆戻りになりかねない、という強い懸念が法学者の間で語られてきた。つまり「嫁だから介護」という感覚は、いまも社会の中に色濃く残ってはいるけれど、その根は廃止された旧制度の記憶であって、現行法が課す義務ではない。ここを取り違えると、ありもしない義務に縛られることになる。
2. 義父母は、あなたの血族ではない(民法877条1項)
では、現行の民法は誰に扶養の義務を課しているのか。条文は短い。民法877条1項は「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」と定める。親と子、祖父母と孫、そしてきょうだい。血のつながった縦の線と、横のきょうだいだけが、互いに扶養し合う義務を負う。ここで、嫁から見た義父母がどの位置にいるかを確かめておきたい。義父母は「配偶者の父母」であって、自分と血のつながりはない。法律の用語では、これは「血族」ではなく「姻族」と呼ばれ、しかも一親等の姻族にあたる。血族ではない以上、嫁は877条1項の扶養義務者には入らない。
もう一つ補っておくと、ここでいう「扶養」は、自ら手を動かして介護することではない。法学では、これは「生活扶助義務」――自分の生活を確保したうえで、なお余裕がある範囲で経済的に支える義務――と解されており、生活費の仕送りや現物の支給といった経済的な援助を指す。だから、たとえ血族であっても、法が求めているのは金銭的な支えであって、身体介護の労働そのものを強制する条文ではない。まして血族ですらない嫁には、その経済的な扶養義務すら、原則として及ばない。
3. 家庭裁判所だけが、義務を後から作れる(民法877条2項)
ただし、例外を作る回路が一つだけ用意されている。同じ877条の2項だ。「家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる」とされている。義父母は一親等の姻族だから、この「三親等内の親族」の射程には入る。つまり、理屈の上では、家庭裁判所が嫁に義父母への扶養義務を負わせる可能性は、ゼロではない。ここだけ読むと不安になるかもしれない。けれど、中身を見ると話はだいぶ違う。
第一に、これは家庭裁判所の審判があって初めて発生するもので、誰かが「嫁なんだから」と言えば自動的に課されるものではない。第二に、発動するのは、本来義務を負う直系血族や兄弟姉妹がそろって経済的に立ち行かなくなっているような、まさに「特別の事情」がある場合に限られる。第三に、そうして課される義務も、2で見た「生活扶助義務」、つまり自分の生活を確保したうえで余裕がある範囲での経済的な支えにとどまり、自ら身体介護をせよという労働の命令ではない。実務上、ここまで踏み込んで嫁に扶養義務が課される場面は、まれだ。例外は確かにある。だが、その例外は家庭裁判所という重い手続きを通してしか作れない、ということが大事だ。
4. あなたが本当に負っているのは、夫への協力義務(民法752条)
では、嫁が法的に負っている義務は何もないのか。そうではない。ただ、その義務の向き先が、多くの人の想像とずれている。民法752条は「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」と定める。嫁の扶助義務は、義父母にではなく、夫に向いている。そして、その夫はどうかというと、夫にとって自分の親は直系血族だから、877条1項によって親への扶養義務を負うのは、嫁ではなく夫のほうだ。
ここで構図が反転する。義父母の介護を嫁が一身に背負っている家は珍しくないけれど、法律の地図の上では、親の扶養義務を負っているのは息子であって、その妻ではない。嫁が実際に介護を引き受けているとき、それは多くの場合、夫が負うべき義務を、事実として肩代わりしている状態だ。これは結構しんどい事実でもある。義務がないのに負担だけがある、という形になりやすいからだ。だからこそ、引き受けるかどうかを考えるとき、最初に話す相手は親戚ではなく、義務の本来の持ち主である夫であるはずだ。
5. 「助け合い」条文は、強い義務の根拠になりにくい(民法730条)
1で触れた民法730条が、ここでもう一度持ち出されることがある。「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない」。義父母と同居している嫁は「同居の親族」にあたるから、文字の上ではこの助け合いの輪に入る。これを根拠に「ほら、助け合う義務があるでしょう」と言われることがある。けれど、この条文の法的な強さは、見た目ほどではない。
中川善之助監修『註解親族法』では、730条を「無用、不当の規定」とまで評する見方が紹介されており、立法論として削除を主張する見解が当時は多数を占めていた。そのため、730条は法律上の義務というより道徳的な義務を課したものに過ぎない、という理解が一般的だった、とされる。要するに、違反したからといって具体的な制裁があるわけでも、裁判所が「介護せよ」と命じる根拠になるわけでもない、理念をうたった条文に近い。しかも、これは「同居の親族」が対象だから、義父母と同居していない嫁は、そもそもこの条文の外にいる。助け合いの精神を否定したいのではない。ただ、精神と法的義務は別物だ、ということだ。
6. 介護を引き受けた人に、法が振り向く一度(特別寄与料・民法1050条)
ここまで、法律が嫁にいかに何も求めていないかを並べてきた。けれど、見方を変えると、これは冷たい話でもある。義務がないということは、どれだけ尽くしても法はあなたを見てくれない、ということでもあるからだ。実際、長く義父母の介護を担っても、嫁には相続権がない。相続人である夫のきょうだいが介護に一切関わらなくても財産を受け取る一方で、看取った嫁の手元には何も残らない――そうした不公平を埋めるために、2019年(令和元年)7月1日から特別寄与料という制度が動き出した(民法1050条/平成30年法律第72号)。相続人ではない親族が、被相続人に対して無償で療養看護などの労務を提供し、その財産の維持や増加に特別の貢献をした場合、相続人に対して金銭(特別寄与料)を請求できる、という仕組みで、長男の妻はまさにこの典型例として想定されている。
ただし、これも万能ではない。請求できるのは被相続人が亡くなった後で、受け取れるのは介護そのものへの報酬ではなく金銭に限られる。期限も短く、相続の開始と相続人を知った時から六か月、または相続開始の時から一年を過ぎると、もう申し立てられない(民法1050条2項ただし書)。金額の相場も法律で定まっておらず、実務では、第三者に頼んだ場合の日当に介護日数と裁量の割合(おおむね〇・五〜〇・八)を掛けて見積もる、といった計算が紹介される程度だ。たとえば一日六千円相当の介護を二年続けたとして、三百万円ほど、という試算例が示されることがあるが、これはあくまで一つの目安であって、確定した額ではない。法が嫁に振り向くのは、この一度きり。しかも亡くなった後に、お金として、短い期限つきで、だ。
現実のほうも、少しずつ動いている。要介護の人を主に介護している同居者のうち、子の配偶者――つまり嫁にあたる人――の割合は、令和4年の調査で5.4%だった(厚生労働省「2022年国民生活基礎調査」)。前回の令和元年調査では7.5%だったから、三年でおよそ2ポイント下がった計算になる。介護の担い手は配偶者と実の子へ移りつつあり、「嫁が看る」という形は、もはや標準ではなくなりつつある。
こうして条文を並べてきて見えてくるのは、法律があなたにほとんど何も求めていない、というそっけない事実だ。引き受ける義務もなければ、引き受けたことを法が手厚く報いてくれるわけでもない。だとすれば、本当の問いは「法律は嫁に何を求めているのか」ではなくなる。答えは、ほぼ何も、だからだ。なお、ここで挙げた条文の扱いや特別寄与料の運用は2026年6月時点のもので、個々の事情で結論は変わりうるから、自分の場合は弁護士や家庭裁判所、年金事務所などで確かめてほしい。そのうえで、最後に残るのはあなた自身の問いだ。看るか看ないか、ではない。義務ではないと分かったうえで、どこまでを、誰と分けて引き受けるのか――その線を引く相手は、世間でも親戚でもなく、まずあなたと、義務の本来の持ち主である夫であるはずだ。
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