健康寿命と平均寿命の差「約9年・約12年」は何を測った数字か ― 三つの物差しで検算する

健康寿命と平均寿命の差「約9年・約12年」は何を測った数字か

同じ言葉に物差しが三つある資料を取り寄せて検算してみた

健康寿命と平均寿命の差「約9年・約12年」は何を測った数字か

「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」。国民生活基礎調査の健康票に、ぽつんと並ぶこの一行。これに「ある」と答えるか「ない」と答えるか――その集計が、私たちがニュースで何度も耳にする「健康寿命」の出どころだ。健康寿命は男性72.57歳、女性75.45歳。平均寿命との差は男性8.49年、女性11.63年(厚生労働省「健康寿命の令和4年値について」令和61224日公表、2022年値)。約9年、約12年という、あの数字である。差の縮め方を説く記事は世にあふれている。だが、その手前で一度だけ立ち止まりたい。この9年と12年は、いったい何を、どう測った数字なのか。資料を何本か取り寄せて突き合わせてみたら、答えは一つではなかった。正直なところ、ここまで分かれるとは思っていなかった。

1. 「日常生活に影響がありますか」――この一問が9年と12年を作っている

「日常生活に影響がありますか」――この一問が9年と12年を作っている

健康寿命の主指標は「日常生活に制限のない期間の平均」と呼ばれる。元データは、3年に一度の国民生活基礎調査(大規模調査)だ。算出の手順は、令和61224日の第4回 健康日本21(第三次)推進専門委員会に出された「健康寿命の令和4年値について」と、その算定方法をまとめた橋本修二・川戸美由紀両氏の資料に、そのまま書いてある。死亡率は人口動態統計から、不健康割合は先の質問への回答から取る。質問に「ある」と答えた人を不健康とみなして集計し、サリバン法という標準的な手順で生命表に織り込む。

つまり、医師の診断でも、血液検査の数値でもない。本人が問診票に書きこんだ一語が、全国の健康寿命を動かしている。これは設計ミスではない。もともと、そういう指標だ。2000年にWHOが提唱した健康寿命の考え方が、本人が自立して暮らせているという感覚まで含めて捉えるものだったからである。問題が起きるのは、その成り立ちを知らないまま、数字だけを眺めたときだ。

2. 同じ「健康寿命」に、物差しが三つある

同じ「健康寿命」に、物差しが三つある

あまり知られていないが、厚生労働省は2012年(平成24年)に健康寿命の指標を三つ示している。一つめが、いま見た「日常生活に制限のない期間の平均」。健康増進法にもとづく「健康日本21」の主指標で、9年・12年の差はここから出る。二つめは「自分が健康だと自覚している期間の平均」という副指標。三つめが「日常生活動作が自立している期間の平均」で、こちらは介護保険のデータを使い、要介護2以上の認定を受けるまでの期間を測る。

三つは、測っている中身が違う。だから出てくる数字も違う。「健康寿命は何歳ですか」という問いに、国は三通りの答えを用意している、と言ってもいい。ふだん報じられるのは一つめだけだから、私たちは、それが唯一の健康寿命だと思いこみやすい。

3. 施設や病院で暮らす人は、この数字に入っていない

施設や病院で暮らす人は、この数字に入っていない

主指標には、もう一つ見落とされがちな性質がある。国民生活基礎調査が対象にするのは、世帯で暮らす人だ。介護施設に入所している人、長期入院中の人、矯正施設にいる人は、そもそも調査の母集団から外れる。世帯を訪ねて聞き取る調査である以上、避けようのない構造である。

これが何を意味するか。日常生活にもっとも制限のある層が、不健康割合の集計から抜け落ちている可能性がある、ということだ。施設や病床の多い地域と少ない地域とで、住民の健康状態が同じでも、数字が違って出る余地が残る。おまけに、この質問は調査時点の一回きりの回答である。その制限が一時的なものか、ずっと続いているものかまでは分けていない。健康寿命は精密な計測値というより、こうした前提を抱えた推計値――そう受け止めておくほうが、たぶん正確だ。

4. 介護保険で測り直すと、不健康期間は13年に縮む

介護保険で測り直すと、不健康期間は1〜3年に縮む

では、三つめの物差し――介護保険ベースの「平均自立期間」で測るとどうなるか。これは公益社団法人 国民健康保険中央会が、都道府県・市町村ごとに毎年公表している。要介護2以上になるまでを自立期間とし、平均余命との差を「介護が必要な期間」とみなすものだ。

数字を一つ挙げる。国保中央会「平均自立期間」によれば、平均自立期間が全国でもっとも長いのは男女とも長野県で、男性81.0年、女性84.9年(平成30年統計情報分)。同県の平均余命と並べると、その差は男性でおよそ1.5年、女性でおよそ3.1年にとどまる。全国平均で見ても、平均余命と平均自立期間の差は男性1.5年、女性3.3年だ。主指標の全国値(男性8.49年、女性11.63年)と並べてみてほしい。同じ「不健康な期間」という言葉なのに、桁がひとつ違って見える。「健康寿命のあと9年も12年も寝たきり」という受け取り方は、ここでほどける。主指標が拾っているのは、要介護状態だけでなく、持病や軽い不調で「日常生活に影響がある」と感じる期間まで含むからだ。どちらが正しい、という話ではない。何を不健康と呼ぶかが、最初から違うのである。

5. 静岡と岩手で、健康寿命は2.8年ちがう

静岡と岩手で、健康寿命は2.8年ちがう

全国一律の数字だと思うと、これも外す。令和4年値を都道府県別に見ると、健康寿命がもっとも長いのは男女とも静岡県で、男性73.75年、女性76.68年。もっとも短いのは男女とも岩手県で、男性70.93年、女性74.28年。最長と最短の開きは、男性で2.82年、女性で2.40年ある(厚生労働省「健康寿命の令和4年値について」。都道府県別の整理は生命保険文化センターの資料でも突き合わせて確認した)。

9年・12年という全国平均の裏で、住む場所によって2年半ほどの幅がある。厚生労働省自身、都道府県間のこの差を「地域の健康格差」ととらえ、その縮小を健康日本21の柱に据えている。

6. 「差が小さい県」が、長く健康なせいとは限らない

「差が小さい県」が、長く健康なせいとは限らない

ややこしいのは、ここからだ。健康寿命のランキングと、「差(不健康期間)の小ささ」のランキングは、一致しない。令和4年値で、平均寿命と健康寿命の差がもっとも短いのは、男性が青森県で7.14年、女性が静岡県で10.31年。一方、差がもっとも長いのは、男性が兵庫県で9.48年、女性が神奈川県で12.99年だった。

静岡県は、女性で健康寿命が最長、しかも差が最短という、わかりやすく良い側にいる。ところが、男性で差が最短の青森県は、平均寿命がむしろ短い県として知られる。差が小さい理由が、長く健康でいられるからとは限らない。健康寿命を過ぎたあと、亡くなるまでが短い、という側面もありうるからだ。だから「差が小さい=幸福」とは、単純には読めない。一つの数字を縮める話を始める前に、自分が縮めたいのはどの物差しの差なのかを、先に決めておいたほうがいい。

差を縮める習慣の話に進むのは、そのあとでいい。手はじめに、国民健康保険中央会が公表している「平均自立期間」で、自分の住む都道府県の値を一度のぞいてみる。全国平均の9年・12年とは、たぶん違う風景が見えてくるはずだ。

最後に一つだけ断っておく。ここで並べた数字は、20266月の時点で各機関の公表資料に当たって確かめたものだが、いずれも集団を統計的にならした値であって、あなた個人の体の状態を診断したり、これから何年元気でいられるかを言い当てたりするものではない。自分の健康そのものについては、健診の数値やかかりつけ医の所見のほうが、はるかに確かな物差しになる。報じられる一つの数字を鵜呑みにせず、それがどの物差しで測られたのかを確かめる。健康寿命という言葉と付き合ううえで、まずできるのは、そこだ。

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