老いの衰えは数字で測れる ― フレイル・低栄養・口の機能を自分で点検する
老いの衰えは数字で測れる
フレイル・低栄養・口の機能を、自分の手で点検する
握力が、男性で28キロ、女性で18キロ。歩く速さが、秒速1メートル。半年で体重が2キロ落ちる。これらは漠然とした不安ではない。フレイルという衰えを判定するために、学会が引いた具体的な線だ。
改訂版J-CHS基準が挙げる五項目のうち、握力低下・歩行速度低下・体重減少の三つは、いずれも自宅か近所で測れる。日本サルコペニア・フレイル学会と国立長寿医療研究センターが示す、現行の基準である。
「元気で長生きしたい」と考えるとき、私たちはつい、運動や食事の習慣の良し悪しから入る。けれど入口は、もっと手前にある。自分の体に当てられる、数字だ。以下、その数字を四つの角度から並べていく。
1. フレイルは五つの線のうち、三本で決まる
改訂版J-CHS基準の五項目はこうだ。半年で2〜3キロ以上の、意図しない体重減少。わけもなく疲れたような感じが続くこと。通常の歩行速度が秒速1.0メートル未満(5メートルを5秒以上かけて歩く速さ)。握力が男性28キロ・女性18キロ未満。そして、軽い運動も定期的な運動もしていないという、身体活動量の低下。
この五つのうち三項目以上に当てはまればフレイル、一つか二つならプレフレイル(前段階)と判断される。出典は日本サルコペニア・フレイル学会と国立長寿医療研究センターだ。三本という閾値がはっきりしているから、当てる側も迷わずに済む。
フレイルは、健康な状態と要介護状態の、ちょうど中間に置かれる。そして可逆的であることが、大きな特徴だ。2014年に日本老年医学会が、英語の frailty を「フレイル」と呼ぶことを提唱した。元に戻りうる衰えだからこそ、わざわざ言い換えて名前を与えた、と読める。
該当する人は、決して少なくない。地域に暮らす65歳以上の日本人で、フレイルは8.7%、その前段階のプレフレイルは40.8%。あわせておよそ半数が、健康の維持があやうい側にいる。東京都健康長寿医療センター研究所が、全国高齢者パネル調査の代表サンプルから推計し、国際誌に報告した数字である。これまで研究ごとに1.5%から17.9%まで15ポイント以上ばらついていた値を、全国規模で一本に束ねたものだ。
2. 介護の入口は、病気だけではない
介護がなぜ始まるのか。原因別に見てみる。令和4年(2022年)の国民生活基礎調査では、介護が必要になった主な原因は、認知症が16.6%で最も多く、次いで脳血管疾患(脳卒中)16.1%、骨折・転倒13.9%、高齢による衰弱13.2%、関節疾患10.2%だった。
ここで骨折・転倒と衰弱を足すと、27.1%になる。病名のつく疾患ではなく、じわじわ進む衰えと、その帰結としての転倒。それだけで、介護のおよそ四件に一件を超える。
後期高齢者に絞ると、比重はさらに増す。医薬産業政策研究所の分析では、75歳以上で介護が必要になった原因(2019年)は認知症の22.2%が最多だが、高齢による衰弱16.5%と骨折・転倒15.6%を合わせると、認知症を上回る。
だから国は、2020年4月から後期高齢者の健診で「後期高齢者の質問票」(15項目)を使う、いわゆるフレイル健診を始めた。口腔機能、体重変化、食習慣といった項目を含み、メタボ対策が中心だった旧来の質問票から切り替えている。病気を早く見つける健診とは、ねらいの異なる、衰えそのものへの対策だ。
3. やせの意味は、高齢期に逆転する
衰えの起点をたどると、しばしば栄養に行き着く。日本人の食事摂取基準(2025年版、厚生労働省の策定検討会報告書)は、65歳以上が目標とするBMIの下限を21.5に置いている。総死亡率だけを見れば下限は20から21あたりに来るが、フレイルや身体機能の低下も勘案して、あえて引き上げた値だ。
中年期に刷り込まれた「やせているほど健康」という感覚を、そのまま高齢期に持ち込むと危うい。同じ報告書は、やせだけでなく肥満もフレイルのリスク因子だと断った上で、体重管理の意味が年齢で変わることに触れている。
たんぱく質も、同じ方向を向く。2025年版は、高齢者の目標量の下限を総エネルギーの15%以上へと、はっきり押し上げた。65〜74歳の推奨量は、男性60グラム、女性50グラム。摂取不足がフレイルの発生・進行のリスクになる、という理由からだ。
ここで効いてくるのが、悪循環である。低栄養は筋肉量と筋力を削る。これがサルコペニアで、AWGS2019の基準では、握力が男性28キロ・女性18キロ未満、歩行速度が秒速1.0メートル未満が目安になる。ふくらはぎのいちばん太い所が男性34センチ・女性33センチ未満も、疑いの線だ。メジャーがなければ、両手の親指と人差し指で輪を作り、そこにふくらはぎを通す「指輪っかテスト」——東京大学の研究で用いられた簡便法——で、隙間ができるかどうかでも見当がつく。
筋肉が減れば、動くのがおっくうになり、活動量が落ちる。消費が減れば食欲も落ち、栄養がまた不足する。低栄養から筋力低下、活動低下、食欲低下、そしてまた低栄養へ。一度回り始めると、この輪は速い。
4. 全身の衰えは、口から先導される
その輪の最初の一押しは、口で起きていることが多い。日本歯科医師会が挙げるオーラルフレイルの初期症状は、滑舌の低下、食べこぼし、わずかなむせ、かめない食品が増えること、口の乾燥。どれも見逃しやすい、些細な兆しだ。日本老年歯科医学会のセルフチェックは五項目で、二つ以上該当すればオーラルフレイルとされる。可逆的で、早く気づけば戻るのが特徴である。
軽く見られない理由は、やはり数字にある。東京大学高齢社会総合研究機構が千葉県柏市で行った縦断調査(柏スタディ)は、地域に暮らす高齢者2,011名を45か月追った。六つの口腔指標のうち三つ以上が低下したオーラルフレイル該当者は、年齢・性別・BMI・認知機能・服薬数などを調整しても、その後の身体的フレイルの発生が2.41倍、サルコペニアが2.13倍、介護度3以上の要介護認定が2.35倍、総死亡が2.09倍だった(健康長寿ネット)。
機序は、前の節とそのままつながる。かめなくなると、やわらかいものに寄る。やわらかいものに寄ると、肉や魚が減って、たんぱく質が落ちる。たんぱく質が落ちれば、筋肉が減る。先ほどの循環の引き金が、口で引かれている。だから口を入口として見張れば、全身の衰えに、より早く手を打てる。
できることは、まず一つでいい。月に一度、同じ条件で——たとえば朝、起きて排尿のあと——体重を測り、半年で2キロという線を見張る。握力計は数千円で買えるし、歩く速さは、横断歩道を青のあいだに渡りきれるかで、おおよそ分かる。口なら、かたいものを避けていないか、むせが増えていないかを、思い返せばいい。
ここに挙げた数値は、いずれも2026年6月時点で確認できる基準であり、線に当てはまったこと自体が、診断ではない。気になる線が一本でも出たら、自己判断で済ませず、かかりつけの医師や歯科医に相談してほしい。衰えは、抽象的な不安のままにしておかず、数字に置き換えた時点で、もう半分は、扱えるものになっている。
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