親の相続で兄弟が割れる家の共通点 ― 司法統計と民法から、もめる原因と備えを点検する
親の相続で兄弟が割れる家の共通点
司法統計と民法から、もめる原因と備えを点検する
最高裁判所の司法統計を開くと、相続争いについての通説がひとつ崩れます。令和6年に家庭裁判所まで持ち込まれた遺産分割事件のうち、もめた遺産が5,000万円以下のものが全体の約76%、およそ4分の3を占めます(最高裁判所「司法統計年報 家事編」令和6年・遺産分割事件を遺産の価額別に見た数字)。相続でもめるのは資産家だ、という前提は、少なくとも裁判所の数字とは合いません。ここでは、もめる家に共通する原因と、効き方の違う備えを、統計と民法の条文に当てて点検していきます。
1. もめた相続の4分の3は遺産5,000万円以下、相続税とは別の話
家庭裁判所の遺産分割事件は、令和6年で15,379件。平成12年の8,889件から、この20年でおよそ1.7倍に増えています(最高裁判所「司法統計年報 家事編」令和6年)。そのうち、認容・調停が成立した事件を遺産の価額別に見ると、5,000万円以下が約76%を占めます。さらに細かい内訳が公表されている平成28年の同統計まで遡ると、1,000万円以下だけで33%、5,000万円以下で75%でした。割合の大勢は、8年を経てもほとんど動いていません。
ここで一度、二つの数字を分けて見る必要があります。「もめる額」と「税金がかかる額」は別ものだからです。相続税には基礎控除があり、その額は3,000万円+600万円×法定相続人の数です(国税庁、平成27年1月1日以降の相続)。たとえば子が2人なら、3,000万円+600万円×2人で4,200万円。遺産がこの線を下回れば、相続税は一円もかかりません。
つまり、もめている事件の多くは、相続税とは無縁の家で起きています。「うちは相続税がかからないから関係ない」という安心は、争いの予防にはそのままつながりません。税金の心配がない家ほど、別の理由でもめている――それが司法統計の素直な読み方です。
2. 火種は財産の多さではなく「割れない実家」という一つの資産
では、なぜ少額の遺産ほどもめるのか。鍵は遺産の中身にあります。司法統計を遺産の内容別に見ると、遺産が不動産だけの事件の割合は、1,000万円以下で45%、1,000万円超5,000万円以下で22%でした(最高裁判所「司法統計年報 家事編」平成28年・遺産分割事件のうち認容・調停成立件数を遺産の内容別・価額別に見た数字)。遺産が少ない家ほど、その中身が不動産に偏り、しかも分けにくい構造になっています。
現金は1円単位で割れます。1,000万円を兄弟2人で500万円ずつ、と紙の上に書けば終わります。ところが実家は割れません。台所だけ兄、二階だけ弟、という分け方は成り立たない。価値2,000万円の家と、預金200万円。これが日本の多くの家の典型的な遺産構成であり、同時にいちばん割れにくい構成でもあります。財産が多いからもめるのではなく、割れないものが一つあるから立場が割れる、という順序です。
3. 実家を一人が継ぐなら代償分割、その現金をどこから出すか
割れない家を分ける方法は、大きく三つあります。売って現金にして分ける(換価分割)。共有名義にする。あるいは一人が家を取り、他のきょうだいに見合う金銭を払う(代償分割)。
このうち共有名義は、次の世代でさらに権利者が増え、売るにも貸すにも全員の同意が要る厄介な状態を残します。売却は、その家に住んでいる人がいると実行できません。残るのが代償分割ですが、ここで現実的な壁が立ちます。家を継ぐ人が、他のきょうだいに払う現金を持っているか、です。価値2,000万円の家を長男が継ぎ、次男に1,000万円を払う――その1,000万円が長男の手元になければ、結局は家を売るしかありません。
この原資を生前に用意する一つの方法が、生命保険です。死亡保険金は、受取人が指定されていれば原則として受取人固有の財産で、遺産分割の対象になりません(最高裁判所 平成16年10月29日決定)。家を継ぐ子を受取人にしておけば、その子の手元に、代償金にあてる現金が確実に渡ります。ただし無制限ではありません。保険金が遺産総額に比べて著しく大きく、相続人の間の不公平が際立つ場合には、特別受益に準じて持戻しの対象になりうる、と同じ最高裁決定は述べています。原資の準備としては効きますが、一人に寄せすぎれば別の火種になる、という効き方の限界も併せて見ておくべきです。
4. 遺言で全部を一人に渡しても、子の遺留分は金銭で残る
分け方を生前に決めておく道具が遺言です。ただし、遺言で「全財産を長男に」と書いても、消せない下限があります。遺留分です。
遺留分とは、一定の相続人に法律上保障された最低限の取り分で、配偶者・子・直系尊属に認められます。兄弟姉妹にはありません(民法1042条)。配偶者や子がいるケースの遺留分は、遺産全体の2分の1(総体的遺留分)です。これを各人の法定相続分で割ります。たとえば配偶者がおらず子が2人で、遺言が「全部を長男に」だった場合、次男の遺留分は遺産の4分の1です(総体の2分の1に、法定相続分の2分の1を掛けた割合)。次男はこの分を、金銭で請求できます(遺留分侵害額請求)。
だから「遺言さえあれば争いは起きない」は正確ではありません。遺言で減らせるのは、誰が何を取るかという争点であって、遺留分という金額の下限ではない。一人に集中させる内容ほど、後から金銭の請求が来る余地を残します。
遺言を残すなら、自筆のものを法務局に預ける選択肢があります。自筆証書遺言書保管制度(法務省・2020年7月10日開始)で、手数料は1通3,900円。家庭裁判所の検認が不要になり、原本は法務局で長期保管されます。ただし法務局が確認するのは形式(全文・日付・氏名の自書、押印があるか)だけで、中身が有効か、遺留分に配慮できているかは見ません。法務省自身も、この制度は遺言書の有効性を保証するものではないと明記しています。預けたから安心、ではなく、中身は別途詰める必要があります。
5. 「いつか分ければいい」は2023年の民法改正で時間切れになる
最後に、時間の問題です。「相続の話は気が重いから、いつか落ち着いたら」と先送りにする家は少なくありません。ところが2023年(令和5年)4月1日施行の改正民法で、その先送りに期限が付きました。民法904条の3、いわゆる10年ルールです。
この条文は、相続開始から10年を過ぎた後の遺産分割では、特別受益と寄与分を原則として主張できない、と定めています。特別受益は、生前に一部のきょうだいだけが受けた住宅資金援助などの先渡し分。寄与分は、親の介護や家業を支えた貢献分。10年を過ぎると、これらの不公平を是正する主張ができなくなり、遺産は原則として法定相続分で分けることになります。
注意すべきは、この期限が施行前に起きた古い相続にも及ぶことです。経過措置により、古い相続でも、相続開始から10年経過時か、施行から5年経過時(2028年4月2日)の遅いほうが区切りになります。例外として、10年内に家庭裁判所へ遺産分割を請求していた場合、満了前6か月以内にやむを得ない事由があり消滅後6か月内に請求した場合、相続人全員が具体的相続分での分割に同意した場合は、なお主張できます。
裏を返せば、放置したまま10年が過ぎれば、「兄だけ家を買ってもらった」「自分だけ親を看た」という記憶は、法的な数字には反映されなくなります。先送りは、不公平をそのまま固定する方向に働きます。
ここまでの数字と条文は2026年6月時点のもので、基礎控除の額や経過措置の区切り、各制度の手数料は、改正で動くことがあります。自分の家にどの手当てが効くかは、最後は法務局・税務署・弁護士や税理士といった窓口に当てて確かめてください。本稿は一般的な情報の整理であって、個別の相続についての法律・税務上の助言ではありません。
最後にひとつだけ。司法統計が映しているのは、お金の多寡そのものではありません。割れないものを前にして、人の立場が割れていく過程です。預金の残高は計算で戻せても、一度こじれたきょうだいの関係は、調停でも審判でも元の形には戻りません。備えが守るのは財産だけではない――その当たり前を、約4分の3という数字は静かに指しています。
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