働いていない成人の子の自立を、親はどこまで支えるべきか
働いていない成人の子の自立を、親はどこまで支えるべきか
無業とひきこもりを分けて考える ― 家族だけで抱えないための公的窓口
「ニートの子を自立させた親には、共通する一つの覚悟がある」――そういう語り口を、ときどき見かける。覚悟さえ決めれば子は変わる、という筋書きは、たしかに分かりやすい。だが、公的な調査や支援の記録を一つずつあたっていくほど、その分かりやすさは手のあいだからこぼれていく。劇的な決断が一つあって、それで事態がまるごと動いた、という単純な因果は、どこをめくっても見当たらないからだ。
代わりに見えてくるのは、もっと地味で、もっと構造的な事実のほうだった。ここでは、その構造を数字と制度の側から順に見ていく。「覚悟」という言葉に何を込めるべきかは、結論として急がず、最後まで保留したまま進めたい。
1. 劇的な「覚悟」一つで自立した、という筋書きは見当たらない
内閣府が令和4年度に実施した「こども・若者の意識と生活に関する調査」(令和5年3月公表、所管は現在こども家庭庁へ移管)では、自宅にこもりがちで半年以上その状態が続く、いわゆる広義のひきこもりが、15歳から64歳で推計約146万人とされた。国民のおよそ50人に1人にあたる。前回の平成30年度調査では約115万人だったので、この5年ほどで約31万人増えた計算になる。
この数字が静かに告げているのは、ひきこもりや無業が、特別な家庭だけで起きる例外ではない、ということだ。例外でないものを、乗り越えた家庭にだけ通じる「一つの覚悟」へ還元しようとすると、どこかで必ず無理が出る。覚悟が足りなかったから子がそうなった、覚悟を決めたから抜け出せた――その語りは、当事者の親を二度追い詰めるわりに、次に何をすればいいのかを何ひとつ指し示さない。だから私は、覚悟という入口を、いったん疑うところから始めることにした。
2. ニート(無業)とひきこもり(社会的孤立)は、重なるが同じではない
まず言葉を分けておきたい。総務省の「労働力調査」は、ニートに近い概念として若年無業者を「15歳から34歳の非労働力人口のうち、家事も通学もしていない者」と定義し、2023年平均で約59万人としている。これは働いていない、という雇用の側から数えた像だ。
一方、内閣府がひきこもりを測るときの物差しは別にある。外出の頻度が低い状態が6か月以上続き、病気などを理由としない――つまり、就労しているかどうかではなく、社会との接点が断たれているかどうかで線を引く。だから、アルバイトに出ていてもひきこもりに数えられる人がいるし、無業でも友人と会い外に出ている人は数えられない。
面白いのは、「ニート」という同じ言葉を使っても、総務省は15歳から34歳で数え、内閣府の子供・若者白書は15歳から39歳で扱っていて、年齢の区切りそのものが役所ごとに違うことだ。二つの資料を並べて突き合わせて、初めて気づく種類のずれで、ここを取り違えると、打つ手のほうも外れていく。働いていないことと、人と会わないことは、重なりはするが別の問題だ。我が子がどちらに近いのか――その手前の問いを、親はたいてい飛ばしてしまう。
3. 40代・50代のひきこもりも珍しくない ― 親の高齢化と重なる8050問題
先の調査では、広義のひきこもりの割合が15歳から39歳で2.05%、40歳から64歳で2.02%と、若年層と中年層でほとんど差がなかった。ひきこもりはもう「若者だけの問題」ではない、ということが、この二つの数字の近さに、そのまま表れている。
子が40代、親が70代。この組み合わせは8050問題と呼ばれる。親の年金で二人分の暮らしが回っているうちは、家の外からは何も起きていないように見える。だが、親が要介護になったとき、あるいは亡くなったとき、収入も社会との回路も持たない子が、あとに残される。覚悟という言葉が本当に問われているのは、子の現在ではなく、この時間差のほうではないか。今日は回っている。十年後は、誰が回すのか。
4. 親の「覚悟」の中身は、抱え込みをやめて窓口につなぐこと
では、親にできることは何か。劇的な何かではない、と先に言っておく。むしろ逆で、家族だけで抱え込む期間が長くなるほど、選べる手は少しずつ痩せていく。就労支援の多くは年齢で対象が区切られ、年が上がるほど入口は狭くなる。その間に、親のほうも老いる。時間は、家族だけで抱える側にとって、味方ではない。
だとすれば、現実的な覚悟というものがあるとして、それは子を変える覚悟ではないのだろう。家族だけで抱えるのをやめて、外の窓口に手をのばす覚悟のほうだ。これは見放すこととは違う。一人で背負いきれないものを背負い続けて共倒れになる前に、専門の手を間に入れる、という判断にすぎない。地味で、決断らしい劇的さは何もない。けれど、あとで効いてくるのは、たいていこちら側だ。
5. サポステ・ひきこもり地域支援センター・自立相談支援 ― 無料で家族も相談できる
具体的な窓口を挙げておく。地域若者サポートステーション(サポステ)は、厚生労働省が委託する就労支援機関で、対象は15歳から49歳。令和2年度から「サポステ・プラス」として、40歳から49歳も対象に加わった。本人だけでなく保護者が相談でき、利用は無料だ。求人を紹介する場所ではなく、働く前の準備のほうを支えるのが役割で、ハローワークとはそこが違う。
ひきこもり地域支援センターは、すべての都道府県と指定都市に置かれている。社会福祉士や精神保健福祉士が、本人と家族の双方の相談に応じる。厚生労働省はこの窓口を市区町村にも広げる事業を進めており、令和7年1月には、支援にあたる人の指針として『ひきこもり支援ハンドブック~寄り添うための羅針盤~』をまとめた。支援者向けの手引きだが、本人や家族も読めるよう公開されている。生活が苦しい場合は、生活困窮者自立支援制度の自立相談支援機関が、ひきこもり状態の人を含めて相談を受ける。
どこに最初に電話をかけても、必要なら別の窓口へ橋渡しをしてくれるのが、この公的な仕組みの強みだ。ただし、子の状態によっては、就労の話より先に医療的な配慮が要ることもある。気分の落ち込みが重い、眠れない、といった様子があるなら、精神保健福祉センターや医療機関のほうが、先の入口になる。ここは一律には言えないので、まずは家族だけで判断せず、近くの窓口に一度その状態を話してみてほしい。具体的にどの制度を使えるかは、住む自治体や本人の状況によって変わるため、最終的な判断は各窓口で確認してもらえると間違いがない。
6. 「自立」を就職と同じ意味に狭めない
最後に、ずっと保留してきた問いに戻る。自立とは何か。多くの親は、それを「就職して給料をもらうこと」と等号で結んでいる。けれど、サポステが掲げる目的は「社会的自立と職業的自立」の二つだ。順番に二つ並んでいるのには、たぶん意味がある。人と少し話せるようになること、家の外に居場所が一つできること――それも自立の一部として、わざわざ前のほうに置かれている。
就職という一点に的を絞りすぎると、そこに届かない日々が、すべて失敗に見えてしまう。だが、社会との細い線が一本つながった、というところから数え始めれば、見える景色は変わってくる。「たった一つの覚悟」を探していた手を、いったん下ろしてみる。探すべきは、決定的な一手ではなく、明日かけられる電話一本のほうかもしれない。
親に問われているのは、結局のところ、何年先の子の姿まで思い描いて、その時間を引き受けられるか、ということなのだと思う。その答えを、ここに書くことはしない。家庭の数だけ、答えは違うはずだから。
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