親の家を売る前に絶対やるべきこと、知らないと数百万円損する
親の家を売る前に整えておく書類と段取り
取得費の証明と相続登記が、手取りを左右する
同じ三千万円で売っても、手元に残る額が数百万円変わることがある。分かれ目は、税率でも交渉でもない。一枚の古い書類があるかどうかだ。
親が家を買ったときの売買契約書。これが見つからないと、税金の計算で一気に不利になる。国税庁のタックスアンサーNo.3258は、取得費が分からないとき、売った金額の五パーセントを取得費とみなすと定めている。これを概算取得費という。根拠は租税特別措置法第三十一条の四だ。
数字で確かめてみる。売却価格は三千万円とする。契約書が見つからず、取得費を五パーセント=百五十万円としたとき。譲渡費用を百万円と置くと、譲渡所得は二千七百五十万円になる。長期譲渡所得の税率二〇・三一五パーセント(所得税・復興特別所得税・住民税の合計)をかけると、税額はおよそ五百五十八万円。
では、契約書が残っていて、取得費が二千万円だと証明できたら。譲渡所得は九百万円に下がる。税額はおよそ百八十三万円。差は約三百七十五万円。同じ家を、同じ値段で売っている。電卓で叩いても、変わったのは取得費の欄だけだ。書類一枚あるかないか、それだけでこの差がつく。
(譲渡益から最大三千万円を差し引ける特別控除が使える場合は、この計算は変わる。ただし控除には築年数や売却期限などの要件があり、個別性が高い。控除が使えない売却や、控除枠を超える売却では、最後に手取りを決めるのはやはり取得費だ。自分のケースにどの特例が効くかは、売りに出す前に税理士に当たって確かめておきたい。)
売りに出す前にやっておくことを、順に挙げていく。
1. 売買契約書が一枚あるかないかで、手取りが変わる
最初にやるのは、内見の準備でも査定の依頼でもない。家中の引き出しを開けることだ。
探すのは、親がその家を買ったときの売買契約書。購入代金が書いてある原本がいちばん強い。居住用の家なら、購入時に納めた登録免許税や不動産取得税、印紙税、司法書士への報酬も取得費に含められる(国税庁No.3252)。当時の領収書が残っていれば、それも一緒に集めておく。
契約書が出てこなくても、いきなり五パーセントで諦める必要はない。手がかりはほかにも残っている。住宅ローンを組んだ銀行に設定された抵当権の金額。購入を仲介した不動産会社の控え。親の確定申告の控え。こうした資料から購入額を推定できる場合がある。一枚の正解がなくても、複数の傍証で取得費を組み立てる余地はある。
相続で受け継いだ家なら、取得費と取得の時期は、親(被相続人)のものをそのまま引き継ぐ(所得税法第六十条第一項)。親がいつ、いくらで買ったかが、そのまま自分の税額に効いてくるということだ。だからこそ、親が元気なうちに、買ったときの資料の在りかを聞いておく。それがいちばん確実で、いちばん安い対策になる。
2. 親の名義のままでは売れない。相続登記を先に済ませる
相続した家は、登記の名義を自分に移さないと売れない。買い手は、売り主が本当にその家の所有者かを登記で確かめる。名義が亡くなった親のままでは、契約はそもそも前に進まない。
この相続登記は、二〇二四年四月一日から義務になった(不動産登記法第七十六条の二第一項)。不動産を相続で取得したことを知った日から三年以内に申請する。正当な理由なく怠ると、十万円以下の過料の対象になる(同法第百六十四条第一項)。施行より前に相続していた家も対象で、こちらは二〇二七年(令和九年)三月三十一日までが期限だ(法務省「相続登記の申請義務化について」)。何十年も名義をそのままにしてきた実家も、ここに含まれる。
登記には登録免許税がかかる。税率は固定資産税評価額の〇・四パーセント。評価額二千万円の不動産なら八万円という計算になる。遺産分割の話し合いがまとまらないうちでも、「相続人申告登記」を使えば、ひとまず申請義務だけは果たせる(不動産登記法第七十六条の三)。ただしこれは名義を移す登記ではない。売却の前には、結局のところ正式な相続登記が要る。司法書士に頼むなら、戸籍の収集も含めて数週間はみておきたい。買い手が現れてから慌てないために、ここは先に動かしておく場所だ。
3. 境界が決まっていない土地は、引き渡し直前で止まる
建物より、土地のほうが手間がかかる。ここを甘く見ると、話がまとまりかけた最後の最後で止まる。
土地を売るとき、買い手はたいてい「確定測量図」を求める。隣の土地との境界が、隣の所有者の立ち会いのもとで確定している図面のことだ。これがないと、価格を値切られるか、引き渡しの直前で話が宙づりになる。境界が曖昧なまま買う側にとっては、それ自体がリスクだからだ。
測量と境界の確定には、土地家屋調査士への依頼が要る。隣地の所有者全員から立ち会いと同意を取りつける作業だから、数か月かかることも珍しくない。隣が遠方に住んでいたり、隣の家も相続で代替わりしていたりすると、連絡を取るところからさらに延びる。
救いはある。測量にかかった費用は、譲渡費用として譲渡所得の計算から差し引ける(国税庁No.3202)。売る前提が固まっているなら、買い手探しと並行して早めに着手しておく。時間のかかる作業ほど、先に始めた人が得をする。
4. 親が生きているうちに売るか、相続してから売るか
売る時期によって、使える特別控除が変わる。ここは早めに考えておくだけの価値がある。
親が自分で住んでいる家を、親自身が売る場合。マイホームを売ったときの三千万円特別控除が使える(国税庁No.3302)。ただし注意が要る。親子の間の売買には、この控除は使えない。配偶者や直系血族など「特別の関係がある人」への譲渡は適用除外と定められており、子が親から買い取る形では適用されない。
親が亡くなった後、空き家になった実家を相続人が売る場合。「被相続人の居住用財産(空き家)に係る特別控除」が使える可能性がある(国税庁No.3306、租税特別措置法第三十五条第三項)。控除額は最大三千万円。ただし要件は細かい。昭和五十六年五月三十一日以前に建てられた家で、区分所有のマンションでないこと。耐震改修するか、取り壊して更地にすること。相続の開始から三年を経過する日の属する年の十二月三十一日までに売ること。売却代金が一億円以下であること。さらに、令和六年一月一日以後の譲渡では、相続人が三人以上いると控除の上限が二千万円に下がる。
国税庁のNo.3302とNo.3306を並べて読むと、どちらを使えるかは「いつ、誰が売主か」で決まることが見えてくる。そしてどちらの控除も、制度そのものに期限がある。空き家の特例は、令和九年十二月三十一日までの売却が対象だ。自分の家がどちらに当たるのか、要件を満たすのか。判断に迷うところがあれば、売りに出す前に税理士に当たっておくほうが、後で慌てずに済む。
冒頭の三百七十五万円に戻る。あの差は、特別な節税策や巧みな交渉で生まれたものではなかった。買ったときの契約書が一枚あったかどうか、ただそれだけだった。
親の家を売る準備は、内見の前でも、査定の前でもない。引き出しを開けて、古い紙を一枚ずつ確かめるところから始まる。
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