65歳で資産がピークになった人ほど、70代の取り崩しでつまずきやすい

 

65歳で資産がピークになった人ほど、70代の取り崩しでつまずきやすい

平均2,843万円という「てっぺん」の数字を、断面・中央値・余命・後半の支出から読み直す

65歳で資産がピークになった人ほど、70代の取り崩しでつまずきやすい

二人以上の世帯で、世帯主が60歳代の家の貯蓄現在高は、平均2,843万円。これが全年齢階級のなかでいちばん高い。総務省統計局が20265月に公表した家計調査報告(貯蓄・負債編)2025年平均結果(二人以上の世帯)の数字で、負債234万円を差し引いた純貯蓄で見ても、6069歳の2,609万円が全世代でいちばん厚い。

残高だけを見れば、65歳前後は資産のてっぺんに立っている。退職金が入り、住宅ローンを払い終え、子どもは独立した。通帳の桁は、たぶん生涯でいちばん大きい。

ところが同じ調査で、70歳以上になると貯蓄は2,471万円、純貯蓄は2,390万円に下がる。山は60代にあって、そこから資産は静かに下り坂へ入る。なぜ、いちばん多く持っているはずの人ほど、70代の取り崩しでつまずくのか。手元に統計表を広げ、電卓を叩きながら、その理屈を順に追ってみたい。

1. 貯蓄がいちばん厚いのは60代、そこが折り返しだった

貯蓄がいちばん厚いのは60代、そこが折り返しだった

まず数字の形を確かめる。家計調査で世帯主の年齢階級別に純貯蓄(貯蓄現在高から負債現在高を引いた額)を拾うと、40歳未満は負債のほうが多く、40代・50代と負債を減らしながら貯蓄を積み、6069歳で純貯蓄2,609万円という山をつくり、70歳以上で2,390万円へ落ちる。上り坂の頂点が60代で、その先は下りだ。

ただ、この折れ線には気をつけたい点が二つある。

ひとつは、これが同じ世帯を60代から70代まで追いかけた線ではない、ということ。家計調査はある一年の断面を年齢で切って並べているだけで、いまの60代と70代は別の人たちだ。だから「一人の資産が60代を境に減っていく」と読むのは、厳密には言いすぎになる。それでも、世代をまたいだ資産の輪郭が下向きに折れている事実は動かないし、そこに退職と取り崩しの節目が重なっているのは無視できない。

もうひとつは、平均という数字のクセだ。二人以上世帯の全体では、貯蓄の平均が2,059万円なのに、貯蓄を持つ世帯の中央値は1,264万円しかない。平均を下回る世帯が66.1%を占める。真ん中より下に三分の二がいて、上澄みの厚い一部が平均を押し上げている、という形だ。

この平均と中央値のずれは、高齢層でも消えない。同じ家計調査で世帯主が65歳以上の世帯に絞ると、貯蓄の平均は2,564万円だが、中央値は1,777万円。あいだに800万円近い開きがある。「60代平均2,843万円のてっぺん」をそのまま自分の家計の姿だと思い込むと、実際より上振れした前提で取り崩しを設計してしまう。てっぺんの数字ほど、平均に化かされやすい。

そもそも60代で貯蓄がいちばん見えるのには理由がある。同じ家計調査によると、負債を抱える世帯の割合は40代がいちばん高くて約7割に達し、年齢が上がるほど下がっていく。住宅ローンを返し終え、負債が消え、退職金が入る――この三つが重なる60代が、家計として数字のうえでいちばん身軽に見える時期なのだ。裏を返せば、その身軽さは「これから使う一方」の局面に入った合図でもある。

2. 2,843万円」の中身退職金という大きな一塊は、着地した瞬間から減り始める

「2,843万円」の中身 ― 退職金という大きな一塊は、着地した瞬間から減り始める

では、なぜ60代で残高がここまで膨らむのか。長年の預貯金や有価証券もあるが、いちばん目に見える要因は退職金だ。厚生労働省の令和5年就労条件総合調査(令和6年は調査を実施していない)によると、大学・大学院卒で管理・事務・技術職の定年退職者が受け取る退職給付額は、一人平均で1,896万円。これがまとまって口座に着地するから、60代前半の残高は跳ね上がる。

けれど、この1,896万円は「入った瞬間が最大」で、あとは減る方向にしか動かない。公的年金だけでは日々の生活費に届かない家計が多く、不足は貯蓄の取り崩しで埋める。退職金は、その取り崩しの原資として、着地した直後から少しずつ削られていく。

しかも、まとまった現金が手元にあると、金融機関の窓口では運用や保険の案内が近づいてくる。購入時手数料や信託報酬が高めの商品に一部でも振り向ければ、ピークの残高はそこからさらに削れる。要は、2,843万円という写真は、シャッターを切った瞬間からもう古くなり始めている。「持っている」実感と、「これから使える」金額は、同じではない。

3. 65歳からの平均余命は男19年・女24この「横幅」で割ると設計が変わる

65歳からの平均余命は男19年・女24年 ― この「横幅」で割ると設計が変わる

取り崩しの怖さは、金額よりも「何年で割るか」に出る。厚生労働省の令和6年簡易生命表によれば、65歳の平均余命は男性19.47年、女性24.38年。65歳の男性は平均で84歳すぎ、女性は89歳すぎまで生きる計算だ。しかもこれは平均で、真ん中より長生きする人も当然いる。夫婦なら、どちらか長いほうの余命に合わせて資産を持たせる必要がある。

同じ生命表で生存する割合を追うと、90歳まで生きる人は男性で25.8%、女性では50.2%にのぼる。女性の半数は90歳の壁を越える。長生きはもう例外ではなく、確率的にありふれた前提になっている。「平均寿命まで持てばいい」と資産を平均寿命で割ると、長生きした側は後半で足りなくなる。設計は平均ではなく、長いほうの尾に合わせておくのが安全側だ。

試しに、純貯蓄2,609万円を女性の余命に近い24年で単純に割ってみる。年あたり約108万円、月にして約9万円。これを公的年金に上乗せして取り崩せる、という計算になる。悪くない数字に見えるかもしれない。だが前提が甘い。まず、この割り算は毎年おなじ額を均等に取り崩す前提だが、実際の支出は後半にふくらむ(次の節で見る)。加えて、途中で相場が下がった局面で取り崩すと、同じ金額を引き出しても資産の減りが速まる――引き出す順番と相場の巡り合わせで結果が変わる、いわゆる収益率配列のリスクだ。運用しながら取り崩す家計ほど、序盤の下落が20年後の残高を大きく左右する。横幅(時間)が長いほど、この揺れにさらされる年数も増える。

4. 支出の山は70代後半に寄る医療の自己負担、介護、そして物価

支出の山は70代後半に寄る ― 医療の自己負担、介護、そして物価

均等割りが甘いのは、後半にコストが寄るからだ。

まず医療。厚生労働省の令和5年度国民医療費の概況では、人口一人当たりの国民医療費は65歳未満が年218,000円、65歳以上は797,200円。約3.7倍だ。65歳以上が国民医療費全体に占める割合は、およそ6割にのぼる。もっとも、この79万円は保険給付を含む総額で、患者が窓口で払う自己負担は原則その13割、高額療養費の上限もある。だから医療費そのものが家計を直撃するというより、後半に受診が増えていく事実として押さえておきたい。

効いてくるのはむしろ介護だ。生命保険文化センターの2024年度「生命保険に関する全国実態調査」(2人以上世帯)では、介護に要した費用は一時費用が平均47万円、月々が平均9.0万円、介護期間の平均は55.0か月(47か月)。月々9.0万円に55.0か月を掛け、一時費用47万円を足すと、総額でおよそ542万円になる。ただし介護をする場所で幅は大きく、月々は在宅で平均5.3万円、施設で平均13.8万円。施設中心ならこの542万円では収まらない。介護は多くの場合70代後半から80代に発生し、まさに資産が細ってきた時期に、まとまった自己負担がのしかかる。

最後に物価。総務省の消費者物価指数、2025年平均のコア指数(生鮮食品を除く総合)は前年より3.1%上昇し、食料に限れば6.8%上がった。仮に年3%の物価上昇が続けば、モノの値段は24年でおよそ2倍になる。手元の2,600万円は名目では減らなくても、買える量は年々やせていく。60代でピークをつけた資産は、金額が動かなくても、実質では静かに取り崩されている。

もう一度、2,843万円に戻る。あれは平均で、断面で、しかも全年齢のなかでいちばん厚い一点を切り取った一枚の写真だった。てっぺんに立った実感は本物でも、その実感こそが、取り崩しの設計を「まだ先でいい」と後回しにさせる。資産の折り返しは、痛みを伴わないまま、静かにやってくる。だから65歳は、いちばん多い時期であると同時に、いちばん電卓を叩いておくべき時期でもある。

ここに並べた数字は、どれも全国平均であって、あなたの家計そのものの答えではない。年金の見込み額はねんきん定期便やねんきんネットで、資産は自分の口座で引き直してほしい。税や社会保険の扱い、取り崩しの順序で迷うなら、税理士やファイナンシャル・プランナーなど有資格の専門家に、自分の数字を持って相談するのが確実だ。てっぺんで一枚、静かに電卓を叩いておく。それが、下り坂をなだらかにする。

コメント

このブログの人気の投稿

取り崩す口座の順番は、翌年の保険料と窓口負担を動かす

退職金2,000万円、振込日からの三か月 ― 銀行員の親切の正体を、数字と書類で確かめた

40代からの新NISA、若い世代とは「戦い方」が違う